第一話 姉弟

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第一話 姉弟

 ひとしきり続いた銃撃の後に聞こえてきたのは、爆発音だった。  わたしはぎゅっと身を縮め、目を閉じた。銃撃の音にはもう慣れっこだが、爆発音はいつ聞いても身体が固くなる。  ――また、どこかの村が焼き払われたのではないか。  わたしは暗い廃屋の中で身を起こすと、外の気配をうかがうために戸口の方へと移動した。 「どうしたの、シャオ」  暗がりでうずくまったまま、弟のホウが言った。 「大きな音が聞こえたの。あなたはじっとしてて」  わたしはおそるおそる朽ちかけた戸を開けると、ぬかるんだ道にタイヤの痕が残る戸外へと出て行った。  ――せっかくここまで逃げたんだ、何としてでも生き延びてみせる。  わたしは打ち棄てられた家屋に残る銃弾の跡を眺めながら、恐る恐る廃屋の周囲を見て回った。  ――どうやらここに戻ってきたわけではなさそうだ。  わたしがこの廃村を休息場所に選んだのは、軍がここを焼き払ってからかなり時間が経っていると踏んだからだった。時折、生き残りが集会を開いていないかと見回りに来る奴らはいる。だがいったん死の村として認識された場所には、いくら冷酷なあの連中でもそうは来ないはずだ。  わたしは十分に注意を払いながら、弟の待つ廃屋へと引き返し始めた。豪雨の後の空は青く、私は少ながらず開放的な気分になっていた。  わたしは久しぶりに深い呼吸をすると、いつしか口の中で小さく鼻歌を口ずさんでいた。  だが、それがいけなかった。  歌を歌うことに意識が行ってしまい、背後から近づく気配に気がつかなかったのだ。 「――動かないで」  制止を命じる声がして、わたしの脚はピンで止められたようにぴたりと止まった。  軍人じゃない――直感的にそう思ったが、丸腰のわたしにとって相手が何者だろうと抵抗という選択肢はなかった。 「――ゆっくりとこちらを向くんだ」  言われるまま振り向いたわたしの前に立っていたのは、三十歳くらいの外国人男性だった。 「……子供じゃないか。難民か?」  男性は目を丸くしてそう言うと、わたしの前に歩み寄ってきた。わたしは相手が武器を持っていないことに気づくと、ほんの少しだけ警戒を緩めた。 「君、どこから来たの?」  外国人男性がわたしたちの言葉で尋ねたことに、わたしは内心、驚いていた。仮に相手の話す言葉が英語だったとしても、多少ならわからないでもない。生きるために必死だったわたしは、外国人の話す言葉もある程度なら聞き取れるようになっていたのだ。 「……あっちの村から」  わたしは村の方角を指で示した。あえて村の名を伏せたのは、軍人じゃなくても安心はできないからだ。軍人以上に危険な存在だという可能性だってある。 「あっちの村……そうか、ひょっとすると焼き払われた村から逃げのびてきたのか」  わたしは男性の洞察力に舌を巻いた。どうやら小細工の通用する相手ではなさそうだ。 「ここまで来るのに何日かかった?」 「……三日」 「随分辛い思いをしたね。他に身内は?」  私は廃屋の方を目で示すと「……弟が一人」と言った。弟の存在を明かしたのは、直感的に人身売買などのブローカーではないと感じたからだった。 「弟か……今までよく面倒を見てきたね。よし、ここで会ったのも何かの縁だ。僕がここから一番近い、国際人権団体の拠点まで連れて行ってあげよう」 「……その前に、あなたはどなたですか?」  わたしの問いに、男性ははっとしたように目を見開いた。 「――これは失礼。自己紹介がまだだったね。僕はマイク・ブラウンフィールド。ジャーナリストだ」 「ジャーナリスト?新聞やテレビの人?」 「ちょっと違うな。僕はフリーの物書きで、国際人権団体の後押しで内戦の取材に来てる。難民と接触できずに帰ろうかと思っていた時に、君たちと会ったというわけさ」 「ふうん……わたしはシャオ。弟はホウ」 「よろしく、シャオ。……ところで迷惑じゃなかったら、君たちが寝泊まりしている場所に連れていってもらえないか?」  マイクの申し出を、わたしは素直に受け入れた。あれこれ策を弄するには、私は疲れすぎていたのだ。わたしはマイクを伴って廃屋に戻ると、いったん戸の前で立ち止まった。 「ホウ、わたしよ。中に入っていい?」  細目に開けた戸の隙間から中に向かって問いかけると、微かに弟の「うん」と言う声が聞こえた。わたしは背後で控えているマイクに「いい?くれぐれも、弟を怖がらせないように」と釘を刺して中に入った。
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