僕は。

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僕は。

僕は人殺しだ。妻とその愛人を殺した。 「妻とは別に不仲だった訳ではありません。ただ、すれ違い、と言うんでしょうか。三年程前に社内で噂が広がったんです。僕と同僚の女性社員が親密な関係だと。」 強面の刑事さんと、まだ仔犬のような目をした若い刑事さんが相槌も打たずに僕をじっと見ている。 初夏だったからかも知れないが、よくドラマや本にある『ひんやりとした部屋』ではなく、寧ろ自分の熱でパイプ椅子がじんわりと熱くなるのを感じていた。 「その噂は社員の誰かが僕とその女性の話す姿や車に乗っているところの写真をSNSに上げていた事が原因でした。でも、全部仕事だったんです。嘘の言葉と写真が広まるにつれて結婚していると知る人達は少しずつ僕から離れていき、知らない人達までも陰で僕を笑っていました。妻にも何度も弁解しました。でも、信じてもらえなかった。確かに新人として可愛がってはいました。だけど、それも仕事じゃないですか。どうすれば良かったんですかね。」 やるせない思いが込み上げると同時に、僕の体温も高くなっていく。 「僕は妻を愛しています。完璧だと言われるような女性で少し高飛車なところもあったけれど、実は必死に強がっているだけだったり、出来ない事があっても陰で努力をしていたり。僕はそんな彼女を本当に愛しているんです。」 若い刑事さんが目を伏せると、それに反し強面の刑事さんはふぅ、と溜息を吐き椅子に腰掛けた。 そうだ、僕は殺人犯なんだ。僕の思いなんて興味ないんだ。 「ある日、給湯室で女性社員達が噂話をしているのを聞きました。その内容は人気のある若い男性社員と妻が付き合っているらしい、というものでした。初めは妻が既婚者だと知らない人達の戯言だろうと思っていました。でも、家での妻を見ているとどうしても気になって色々と探るようになりました。そうしたら男性社員のSNSを見つけたんです。そこには彼女こそ写っていないものの、惚気を交えたデート写真が大量にありました。その中に見つけてしまったんです。昔、僕が妻にあげたネックレスを。」 「そこからの日々は本当に辛かった。会社で唯一普通に話しかけてくれるのは噂になった女性社員だけで、他は空気のように扱ってくる。もう、耐えられなかったんです。だから僕は写真と聞いた情報を元に二人の会っているホテルを見つけ出し、乗り込み、2人を、妻を、殺しました。」 話している間握り続けた拳からは汗が滲み出し、大人気なく流れ続けた涙はその手を濡らした。 もう、椅子の熱さも感じなくなっていた。
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