12月21日

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12月21日

月曜の夜でも叔父のクラブは盛況だった 緊急事態宣言が明けてから曜日を選ばず忙しい日々が続いていた しかも年末年始で、忘年会の二次会で来た学生や近所の飲食店のグループがいつもより目立った 「(ミツル)!早く入って!」 着いた早々先輩にせき立てられ、光は急いで規定の白いワイシャツに着替えた 時間は7時45分だった 「カンベさん、俺8時からですよ?」 「律儀に早く来るお前が悪い」 カンベはミツルには目もくれず、手際よく酒を作りながら言った 先ほど容赦ない言葉を投げ掛けたのは、10人いれば10人がかっこいいと言うこのカンベだ バックヤードから見ると縦に長いカウンターに、すでに数人のスタッフが入っており、皆慌ただしく働いている 光はこの活気が好きった 「ミツルくんいたあ」 持ち場につくや否や常連の女性客が寄ってきて声をかけた 「メイさんいらっしゃい」 常連のメイはアラサーの会社員と聞いている 目鼻立ちがはっきりしていて背が高く、クラブでも有名な美人だ 「もう酔ってる?まだ8時だよ」 「いいのいいの明日も飲むから」 「答えになってないよー」 その時、メイの横にやって来た男性が「ジントニック」と言った さらに男性はメイの前に乗り出すようにカウンターに肘をついた 「お姉さんは?」 メイはマツエクでバサバサの目をパチパチさせて 「じゃあカンパリソーダ♡」 「かーいーお酒飲むじゃん。お兄さん聞いてた?」 「…はーい」 光は酒を作りながら横目で二人を盗み見た 男とメイは二言三言交わした後、男がメイの肩を抱こうとして振り払われた 「おっと!」 光は作った酒を両手に持って振り返り、わざと驚いて見せた 二人の動きが止まった 「お邪魔でしたー?」 光は嫌みとわかる満面の笑みを浮かべ、カウンターに酒を置いた 「ミツルくん助かったー!こいつしつこい。黒服呼んで」 「は?」 男の表情が険しくなった 光は咄嗟に 「メイさーんそれはないよ。お酒おごってもらっといてさ」 と庇った 男はホッとした表情を浮かべ 「ほんとそれな。君若いのにしっかりしてんね」 「ども」 メイも自分のせいで重い空気になったことを気にしたのか、口を尖らせながらも 「えー、でも体触っていいとは言ってないもん」 と男に自分から身を寄せた 「ごめんごめん仕切り直しさせて?」 「えー?」 それからメイと男は楽しげに話し出した (なんだこの茶番) 光はそれを冷ややかな気持ちで見ていた 笑顔は絶やさない 客商売だから トラブルも機転で回避する それもバイト代に含まれていると思っているから フロアを見渡すと、女も男もベタベタふらふらしていて、何の意味も価値もないように感じた 男も女もあざとさで満ち満ちている (俺っていつからこんな冷めた人間になったんだっけ?) そしてふと、今までは他人に興味がなかったのだと気づいた だからこそ寛容でいられた だが、いまは他人の細かいところが鼻につく それもこれもハチコに会ってからだ 明るくてまっすぐで人を試すようなことをしない それが全うな生き方なのではないかと思うようになった ハチコと比べると、それ以外の人間がクズ同然に見えてしまう (病気だあ…) 別の客が、メイと男を煩わしそうに避けて酒を注文した フロアから視線を戻すとき、人混みの中にマナミを見つけた マナミは背の高いスーツ姿の男と親しげに話していた 一緒に来たのだろうか、それともゆきずりなのか 考えただけで吐き気がし、光は考えることを止めて仕事に集中した
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