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自分には幽霊が見えているらしい。そう気づいたのは、彼女が幼稚園の頃だったそうだ。
お絵描きしていたら先生に不思議な顔をされることが少なくなかったのである。庭にずっと立っているノッポな人、大きな目玉のついた話、六枚の羽を持った蝶々。それらが、自分にしか見えないものだとは微塵も気付いていなかったがためだ。
霊感、と呼んでいいのかはわからない。
ただ何か、幽霊なのか妖精なのかわからないものが自分には見えている。他の人には見えていない。それを理解するまで、暫し時間を要したのだそうだ。
「オバケが見えて怖いって思ったことはないの」
彼女はキャンパスのベンチで一緒にお弁当を食べながら、ばつが悪そうな顔で告げたのだった。
「というか、生まれたときから見えてたものだから、私にとっては全部世界の一部なんだよね。当たり前に存在するから、だから何ってかんじ」
「え、今もこの周辺にいたりすんの?」
「いるよ。というか、地球上で人が死んでない場所なんかあるわけないじゃん?」
「う」
身も蓋もない、が実際その通りだろう。
彼女はお弁当を食べながら、時々何もない空間を払うような仕草をする。あるいは、誰も立っていない僕の斜め後ろをじっと見たりする。勿論、僕には何も見えないしわからない。肩が異常に重い、なんてこともない。
ただ彼女は時折、何もない空間を見つめて“ナニカ”を見ている。それが珍しくない人なのだった。
「殆どの幽霊?精霊?みたいなのは大体見分けがつくようになったんだけどね。たまに、生きてる人と見分けがつかないことがあってさー……」
はぁ、と彼女は深く息を吐いた。
「だから、その人と話してたりすると周りから気味悪がられたりするんだよね。頭おかしい人って思われることも少なくないし。気をつけてるんだけど、なかなかね」
「そうか。大変なんだな」
「私と付き合ってると、春佳君も大変になるかもよ」
どこか寂しそうな、織絵の顔と目があった。きっと、今まで嫌なことがたくさんあったのだろう。
「だから、迷惑だと思ったらいつでも言ってね。……それでバイバイされても、恨んだりしないから」
その言葉で。僕は、彼女をちゃんと幸せにしたいと思ったのだ。相手の立場を鑑みて、いつも一歩退いてきたのであろう彼女を。自分の幸せより、誰かの幸せを願うことができるのだろう彼女を。
「……来ないと思うけど?そんな時は」
僕はなんだか照れくさくて、ちょっと顔を背けてカッコつけた。
彼女は黙って、そんな僕の肩にもたれかかってきたのだった。
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