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初めてのお散歩なので、かいぬしもそう遠くまで行くつもりはないのだと思われた。近所の田んぼ周りを、ぐるっと一周して戻ってくるのみ。バス停やスーパーの方に行かないのは、最初はたくさん人がいる場所や犬がいる場所は避けた方がいいと思ったからなのだろう。全然平気なのにな、と僕は思う。ていうか、人はいなくても人じゃないものはたくさん田んぼ付近をふろついているから、賑やかさという意味ではそんなに変わらないのだ。
まあ、かいぬしは見えてないようだが。その背中におぶさってきている、眼鏡のオジサンっぽい幽霊?も含めて。
「もう、もうちょっとまっすぐ歩いてよカイロ!」
新しい世界はどこまでも新鮮で、僕の興味を引いてやまない。特に臭いが全然違う。田んぼの周囲は近くの犬の毛やフンの臭いもするし、猫や人間の臭いもする。そして、家の中や動物病院では見たことがなかった面白い“人外”もたくさんいる。七枚羽根が生えている真っ赤な蝶々なんて僕の眼から見ても珍しいし、追いかけさせてくれたっていいではないか!まあこの様子だとこの蝶々も、かいぬしには見えない存在であったようだけれど。
あっちへクンクン、こっちへクンクン。人が歩いて来ないのをいいことに蛇行運転気味に歩いていると、僕の耳にすんすんと泣き声が聞こえてきた。
「ちょおおお!強い強い強い!力強いよカイロ!あんたまだ子犬でしょ!?」
「うっさい、キリキリ走れニンゲン!」
僕はかいぬしをひっぱると、そっちの方へ猛ダッシュした。田んぼの土手のあたりから、泣いている声がする。見れば、ボロボロの灰色の布を纏っただけの、小さな男の子がいるではないか。彼が、くすんくすんと、石の塊の横で泣いているのである。
「おう、どうしたよ子供!僕が来たよ、元気出しなよ!」
「……え?」
僕がその手をぺろぺろと舐めてやると、子供は驚いたように顔を上げた。直後追いついてきた飼い主が、息を切らして叫ぶ。
「もう、カイロ!暴走するのやめてってば!今度は何見つけたの?またあんた、変なもの見てるんじゃないよね?」
かいぬしは、僕に霊感があるなんて知らない。でも時々僕が、かいぬしにはわからない空間に向かって吠えていたり、じっと見つめている時があるのはなんとなく察しているようだ。
そして彼女の言葉で僕は知ったのである。ボロ布を纏ったその子供が、どうやら生きた人間ではないらしいということに。
「なあ子供。なあ子供。お前ニンゲンじゃないのか?元気出してよ、僕と一緒に遊ぶ?」
「……すごいね、君、ぼくが見えるんだ」
「見えるよ!僕はすごいんだ!すごい犬なんだ!」
「そうか。不思議だね、飼い主さんは見えてないみたいなのに」
「そりゃ、かいぬしは“ボンジン”だからね。僕みたいな“テンサイ”な犬と同じものが見えなくても仕方ないだろ?」
僕は自慢げに、シッポをぶんぶんと振ってみせた。泣いていた子供はちょっとだけ気持ちが落ち着いたようで、あのね、と話を始める。
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