契約結婚相談所~私たちの普通~

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「全く、身体大変なんだから無理しなくていいのに。言ってくれればやるよ?」 「これくらい大丈夫だよ」  伸吾に言われて、楓は笑う。 「伸吾はいいお嫁さんをもらってくれてよかったわよ。それなのに、あんたは。弟の方が先に結婚してるなんて恥ずかしくないの? こんなときにしか家に帰ってこないし。もう、仕事なんて辞めてこっちに帰ってきて結婚したら?」  さっきよりも心の中で盛大にため息を吐きたくなる。  楓は母に合わせて困ったように笑っているけれど、内心どう思っているんだろう。何を考えているにしても、紗奈子にはわからない。  そして、思う。  ここはもう、紗奈子の家ではないのだと。  ここは、弟夫婦と両親の家だ。  大学を卒業するときに家を出るまでは、ずっと紗奈子の家だったのに。変わってしまった。 「紗奈子が片付けばお父さんも安心なんだがな」  ソファでテレビを見ていた父が言う。笑顔がひきつる。ここでケンカなんかするべきではないとわかっているから言い返すことはしない。  呪いのようだ。  どうして、結婚すれば幸せになると決めつけるのだろう。結婚したら何が安心だというのだろう。  経済的理由。それはある。このまま仕事を続けても、老後まで安心していられるかといえばそれはわからない。むしろ紗奈子自信も不安ではある。一応正社員として働いてはいるが、特に専門職でもないし、この不景気で会社に何かあったら転職も上手くいくかどうかわからない。このまま無事に一生同じ会社で働いたとしても、老後の資金は正直心許ない。だからといって、結婚すれば安心なのだろうか。男に養ってもらえば安心なのだろうか。それは昭和の価値観だと頭を抱えたくなる。  それとも、紗奈子が一人でいることが不安なのだろうか。誰かが付いていてくれないと安心できないという意味だろうか。それに関しては、これまでだって一人でやってきたのだから問題は無いはずだ。このまま死ぬまで一人というのは、想像すると少しさみしいような気がしないことはないが。
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