10. 穏やかな日々

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なにげなく言うと、またキッチンからふたり分の「はあ!?」と苛立たし気な声が聞こえ、保晴は肩をすくめる。 その時甘い香りが漂ってきた、玲が作っていたクッキーが焼けてきたらしい。 毎日ではないが、玲は子供のためにと手作りのお菓子を作る。もちろん一緒に食べさせてもらうが甘さ控えなのは子を思ってのことだろう。なんとも家庭的なことだと実感する。 郁美を思う。君が産み育てた娘はどこへ出しても恥ずかしくない子に育ったねと伝えたい。君を弄んだ男とは大違いの素敵な男性と結婚したから安心してと伝えたい──いや、今も空の高みから、笑顔で見守ってくれているだろうか。 できれば、今も隣で微笑んでいてほしかったが──琉唯がいて、今なお新しい命を宿し、若くして逝ってしまった郁美の命が連綿と繋がっている、そう思うとさらに琉唯の存在が愛おしくなる。 見上げて微笑む小さな頭を、そっと撫でた。 「じぃじ、はーく、おーんで!」 可愛い催促に笑顔になった、ごめんごめんと謝り、琉唯の手を引いてリビングの隅にある子供用の絵本が並ぶ書架へと向かう。 夏の午後のひとときを、かわいい孫と、仲の良い娘夫婦と過ごす。 こんなしあわせがいつまでも続けばいいと、保晴は静かに願った。 終
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