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だが退学させられている、他校の生徒と喧嘩で怪我をさせ、刑に服することになったことが原因だ。
玲はぷくんと頬を膨らませた。
「玲ちゃん、お金の心配ならいらない、そう言ったよね」
郁美が残した財産があった。預貯金だけでなんと1,000万円以上のお金を貯めていた。それとは別に玲の名義でもほぼ同じ額が残されている。つくづく郁美の両親に相続の放棄をさせておいてよかったと思った、相続税を支払っても通学するには十分なお金が残っている。もちろん学費は保晴が払うが、それを玲が嫌がっても預貯金で賄える。
玲にもそう伝えてある、保晴の言葉に素直にうなずいた。
「じゃあ、何が理由? 勉強が嫌なだけじゃないだろう?」
多くの子が勉強を苦手としていながら、高校くらいは通おうとするのが現実だろう。
玲は机を見つめて呟いた。
「……早く、社会に出たい」
小さな声だった。
母に楽をさせてやりたかった。母がいくつも仕事を掛け持ち、それでも玲と過ごす時間も大事にしながら育ててくれたことを知っている。
朝は玲が起きる前に出かけて新聞配達をしている、終わると帰ってきて食事を作り玲を学校へ送り出してくれた。
夕方は小学校の間は学童へ行っていた、そこへ母が迎えに来て一緒に夕飯を作り食べた。高学年になると先に家に帰って母に自分が作ったご飯を食べてもらった。
そしてご飯が終わるとまた母は働きに出る、眠る前には帰ってきてくれるが、それまでの時間が淋しかったことを未だに時折思い出す。
苦労をかけている、だから早く働いて、自分の衣食くらいは自分で賄おうとずっと心に誓っていた。
そうすることで、母のそばにいられると思って生きていたのだ。
「……早く、大人になりたい」
大人になれば母に苦労を掛けることはなくなると、ずっと思っていた。
「……玲ちゃん」
小さな体を抱きしめてやりたい衝動に駆られる、子供なりにいろいろ考えていたのだ。
「大人にはほっといてもなれるさ。お母さんも君が高校生になるのを楽しみにしていたんだよ、お母さんにその姿を見せてあげようよ」
母の名を出すのはずるい──それでも玲は頷いていた。
ついこの間、母とそんな喧嘩をしていたのに。まさかいなくなってしまうとは、これっぽっちも思っていなかった。
母たっての希望──確かにその通りだ。
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