214人が本棚に入れています
本棚に追加
9. 新しい出会い
しかし、それでも玲の体内に新しい命は宿らなかった。
誰よりも子を欲していた玲が落ち込む姿を見たくなかった。
再度別人と交渉するか、あるいは養子をもらおうか──そんな話をぽつりぽつりとし始めていたが、気が付けば当の玲がその話をしなくなった。
はてと保晴は思う。
今は傷が深すぎてその話はしたくないのか、あるいはもう子は諦めたのか。
もし自分と夫婦でいることにも諦めがついたのならば、早めに別れを告げよう。玲はまだ若い、新しい伴侶に恵まれればそれが一番だ。ならばいつまでも自分のそばにいることはない、店の仕事も辞めてどこかにバイトにでもいけば──と思っていたが、妙に玲の機嫌がいい。
今も鼻歌交じりに家具についた埃を羽箒で払っている。
その時空気が震えたのがわかった、玲が手を止めエプロンのポケットからスマートフォンを取り出す──それすら少し前までは、店ならレジの周りに置いていたのに、今は肌身離さず持っている。
「あ、ちょっとお買い物、してきちゃおうかなー」
玲がスマートフォンをポケットにしまいながら言った。
その買い物も。
やはり郁美の事故の影響だろう、玲はひとりで買い物には行きたがらなかったものだ。必ず店が休みの時や、仕事終わりに一緒に行っていたが、それがここ数日はひとりでふらりと行ってしまう。
胸騒ぎがした、それを確認したかった。
最初のコメントを投稿しよう!