1. 出会い

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あっけらかんとも思える声と言葉の話に、保晴は止めるのを忘れて聞き入ってしまう。 「いよいよ駄目だと思ったのは、遂に家を突き止められてしまったんです。客と嬢でなければいいんだろうと……なので、ファミレスも新聞配達のほうも、いつ辞めるかわからないと話はしてあります、幸い理解のある勤め先ばかりで、できるかぎり希望に沿うようにしてくれると言ってくれました、その上、今は販売所のオーナーさんのご自宅に泊めていただいている状態でもあります。急ぎ次の仕事と住む場所は探したいと思っていて、こちらは社宅もあると書かれていたので、なにはともあれと申し込みをさせてもらったのです」 「わかりました」 全て聞き終わる前に、保晴は言っていた。 「あなたを採用します、いますぐにでもここに住んでください」 「え、そんな」 やったと喜ばないところが、この女性のいいところだと思った。 「こうして出会ったのも縁ですから。私にはあなたに手を差し伸べる条件がそろっているんです」 仕事も住まいも提供できるのだ、この人を救わねばと思った。 しかしそれは完全になる私情だ、後ろめたく思えたので、2時間だけ働きたいという者も雇うことにした。 ☆ 保晴が郁美の川崎の自宅にやってきたのは、翌々日だった。店を休みにしての来訪である。 店で家具を運ぶ時に使うトラックを木造アパートの脇に横付けする。店の従業員も4人連れての作業である。 「えっと、203号室か……」 鍵に添えられていたメモを見ながらスチール製の階段を上がる。 引っ越しだ、だが郁美は来なくていいといってある。出来る限り荷物はまとめておいてほしいと頼んでおいただけだ。あとはひたすら運び出すだけである。 郁美から預かった鍵でドアを開けようとすると、 「あんたは?」 鋭い声がかかった、振り返れば、小太りの中年男性が立っている、保晴より幾分年上だと思えた。
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