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詩華が壇上に上がるとそれだけで何かが変わった気がした。
ざわざわとした咳き声も自然と止んだ。
逆に水を打った様な静けさが緊張感を高めていくのだが、とうの本人はまるで意に介さないかの様に閉じた扇子の先を空に指して、とうと歌いだした。
「朧月夜の
ふわりふわりと
浮かびたもう」
まるで歌に合わせるかの様に微妙に扇子の先を泳がせている。
「枯れた桜を見つけては
まるき光を滲ませて
雲に頼んで
みたまうか
雪のしんしん
降りたもう
枯れた桜を
咲かそうと
雪と月とで
はなしあわせ
散った桜は戻らねど
過ぎし春日は
戻らねど
今偽りの……」
数秒の間があり司会者は焦る。
当の詩華は目をつぶってしまった。
ーーーこれは?長考?
次の言葉が出てこないとみなされると減点になるが、、、
誰もが固唾を飲んだその時、一陣の風が詩華の周りをぐるりと回りながら登っていった。
昇龍の様でもあり妖精が遊びに来た様でもある風。
スカートがはためき長髪がフワリと広がった。
詩華はまるでそれを待っていたかの様に瞳をカッと見開くと扇子をザンと広げ宣った。
「満天の桜!」
その時、たしかに彼女の周りに満開の桜が咲いている様な錯覚にとらわれた。
「鳳凰院詩華」
いつの間にか扇子をスッと畳むと終わった事を告げた。
会場内はしんと静まり返った。
一拍置いて、どよめきと歓声が起こった。
司会者は暫し自分の仕事を忘れていたのか、諦めたのか「静粛に!」とは言わなかった。
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