第一話「雪球」

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 彼らはずっと、そばにいた。  とても長い時間、この惑星の近くに。  四十億年前の海はまだ、おそろしく不味いポトフのような有様だった。  大気に雨、光、そして混沌たる量の有機酸。生命誕生までのパズルはあるていど組み上がっていたが、しかし決定的ななにかが欠けている。そんないまいち吹っ切れない原始の地球に、投入する最後の要素を持って訪れたのが彼らだ。宇宙でも最強の大規模勢力を誇る彼らは、数少ない反対派の意見など一顧だにしない。彼らの介入によって、地上にはあっという間に恐竜が走り始める。  それからちょっと経って、紀元前二六〇〇年あたりのことだ。突拍子もない駄々をこねたのは、とある砂漠を治める人類の王だった。お墓だかなんだか知らないが、石を積めという。とにかく高く、天に届くほどだ。発注をもらった砂漠の民は、あるだけの知恵を振り絞った。この数百トンに達する石材を、殺人じみた短期間でいかにしてピラミッド状に組み上げるか?  すこし悩んだあと、人々は辞表を書く準備に取りかかった。その前に突如降臨し、あきらめに待ったをかけたのが〝彼ら〟だ。太陽がもうひとつ生まれたような光が民を救いに現れたことは、不可解なまでの手早さと精巧さで完成したピラミッド内の壁画にも記録されている。その凄まじく発達した科学技術と呪力からする余裕もあるが、どうやら彼らは難解なパズルを解くことが好きらしい。  歴史が進化の曲がり角に差しかかるたび、彼らは星の影から顔を出した。重要なヒントを与えては、問題に挑む人類をそっと見守る。火の起こし方から核兵器の原理、異世界の扉の開け方や宇宙開発のいろはに至るまで。それは生徒と教師、親と子に似た有意義な関係にも思えた。  彼らの実験? 観察? ゲーム? 野暮は言いっこなしだ。  西暦二〇四二年、十二月二十六日。午後三時十四分……彼ら、いや〝やつら〟が人類への攻撃に打って出るのは突然だった。大気圏を挟んで向かいの席に座る恋人へ、どちらかがグラスの水をぶっかけたらしい。  最終戦争のきっかけには諸説ある。  いわく、人類の文明と呪力は危険な水域にまで発展した。人類は自然環境を汚染しすぎた。幻夢境(げんむきょう)と呼ばれる謎の別世界と手を結び、地球は秘密裏にやつらへの反乱と支配をくわだてた。やつらの親切な警告も無視して、人類は現実とも異世界とも違う未知の生物兵器〝ダリオン〟の育成に手を染めた……等々、その他。  やつらはとことん、頭にきていた。世界のあらゆる国家において毎秒、大量のUFOによって数万人単位で予測不能の誘拐(アブダクション)と破壊活動は生じる。あまりに一般人の巻き添えが多すぎて、このとき人類はまだ気づかない。やつらの犠牲になったほとんどが、呪力使いないし呪力の素質を秘めた人間であることを。  反撃に移った軍隊を一方的に光で焼き払うのは、やつらご自慢の強力なパワードスーツだ。およそすべての近代兵器と魔術を跳ね返すそれは、惑星直列を思わせる球体と球体の連結した巨人は〝ジュズ〟と称される。  皮肉な話だった。繰り広げられる地獄絵図に対し、本当の意味ではじめて人類が掌を重ねた場所にあったのは、核兵器の引き金だ。直径十キロ以上の隕石をも自在に召喚して武器にする〝結果呪(エフェクト)〟なるやつらの魔技と、原子の業火は乱打戦を極める。  成層圏まで舞い上がった放射性物質まみれの土砂は、またたく間に太陽をさえぎり、ネズミに襲われたチーズのごとく欠けた地表も、気づけば九割方が冷たい雪と氷に覆われていた。地球史上、五回めの氷河期が訪れたのだ。  呪力使いは残らず駆逐され、流れ弾を浴びた人類も七十五%超が死滅。やがて、白い雪球と化した惑星に草木いっぽん生えなくなったころ、やつらはとうとう愛想をつかして宇宙の深層へ去った。というのが、約三十年たった現在の定説となっている。  いや、安心するのはまだ早い。  やつらはいる。あるいは戻ってきた。またすぐ近くまで。  一時は根絶やしにされたはずの人類は、また性懲りもなく全天候式都市型シェルターなどを作って身を寄せ合っているではないか。凍えた地獄(コキュートス)に芽生えた最後の楽園に。あまつさえ害虫どもは、復興への希望さえ見いだしつつあった。  そんなものを、やつらが黙って見過ごすわけはない。数十億年も我が子の横暴を我慢し続けたその愛情は、いまや暗く裏返って執念深い殺意へと姿を変えている。必死に運命にあらがう人類を、なぶるように追い詰めるやつらの蔑称はあまたにあった。  創造主、断罪の天使、侵略者、地球外知的生命体、星々のもの、宇宙人……  これは、やつらと戦う抵抗勢力(レジスタンス)の話。  雪に残った最後の火の粉たちの物語。 〝Fire(ファイア)
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