T・K トーコ お嬢!どのシマ獲りますか?

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倉田藤子(トーコ)は、今は、訳あって東京の近代的?街の近くの閑静な地区の一戸建てに母親と住む。藤子は、結構、男前な女子高校生。訳あって、事故の後遺症として、両膝が曲げづらい。だから、足が曲がらない状態でもある。歩くのに不便である。また、藤子自身には、不確かな不安定な予知能力と、人の心の声が聞こえる、思うことを言葉に出さず相手に伝えられるという、テレパスの能力が備わっている。 訳あって、とはいえ、すごい訳ではある。 中学生時代、つい先日までは、広島にいた。父親は、ヤクザの組長。現在、訳あって大阪に逃避中。 今、藤子は、学校までの通学中、黒塗りのキャデラック、送り迎えの車の中にいた。そして、同じ近代都市の中、高い塀や柵に囲まれた、刑務所のような男女共学の高等学校に通う細マッチョ系の藤子のボディガード役である幼馴染の崇(タカシ)が、後部座席の隣にいる。 運転席も、助手席も黒づくめの、本物のヤクザ、用心棒がいる。車内の重苦しさと眠さけだるささに、崇は、耐えかねた。藤子に向かって、提案とも、質問とも独り言とも思える、上の空な問いかけをする。 お嬢(おじょう!)、・・・さま、 こんどの週末は、どこの街(しま)、取りに行きますか? 日常は、お嬢、で止まることのほうが多い、それより、トーコと呼ぶ方が多いのだが、崇の父親も、組の者も、藤子の父親である倉田源蔵親分、倉田組の組長のことを藤子の前とかで、そして、複数人の前で 親分、おやじ、とかは呼ばない。つい、親分などと言ったもんなら、次の日からこの世からいなくなっている。社長と呼ばなくてはならない。おかみさん、おやっさん、おじょうは、皆の前では禁句である。うかつに呼んだもんなら自分の身に何が起きてもおかしくないのだ。 眠そうな崇が、藤子にあくびしながら聞いてくる。 ランチに何を食べるかを尋ねるように。 崇は、藤子の学校内でのボディーガードとして、広島からこちらに移されてから、ここんところ、毎日が暇で、暇で、なんや、かんや、と夜に妄想する毎日が多い。組の者が、藤子に近づけないところで、崇が、ボディーガードすることが使命となっている。学校を退学などになってしまうと、崇のこの世の中での役目は終わることとなる。 学校内でだけは、この狂気的暴れん坊の崇は、 静かに、 目立たず、 おとなしく、 役立たずにしていなければならない。 と思っている。そう、自分を演じている。 学校の外でなら、何しようと、警察に捕まろうと、藤子の父親である倉田源蔵と、その神戸の義兄弟と、崇の父親と、叔父と、闇の力でなんとでもなるのであるが、学内とか、学友関係とのトラブル(言いがかりを含め)はご法度。 学校内では、最近、PTAなるもの、おばさんたちの組織の勢力が強く、校長、組長とて何もできないらしい。報道まで駆けつけさせて、非難された者は学校を去るしかないらしい。崇や組の者でさえ、おばさん達には何もできない。叩いても、叩いても、次が出てくる。だいたい、叩けるわけがない。自分達の最も怖い存在、母親に輪をかけたくらいに恐怖なのである。 仏の解かれる、不安という者と一緒である。解決したと思っても、思っても、次が出てくる。気にしていると際限ない。 他の人に自分がどうみられているかを考えて行動してくる輩(やから)ばかりである。 そんな中、それらの不安に意識を集中しない。意識しない、意識を他に散らす。 と、神対応するしかないのである。 しかし、意識を他に散らそうとすると、 無視している、 聞いてない、 何も知らないふりをしている、となってしまう。 神をも恐れぬ輩である。その輩は、 自分がすごい人と思われたい 自分の価値を責任、理想、を押し付ける 期待通りに行かないと怒る 尊敬されたい そのような、それにものすごく時間を持て余している。反発したものは、全てのみ込まれている。市長、教育委員会長、校長、警察署長、等々。 組の者でもどうにもならない。 ならないものは、ジタバタしても事態は変わらない。 そのままにするしかない。 何もできない、どうしようもない、そんな自分になるしかない。 学校の中では、生徒たち、親、先生には、崇は立ちむかわないでおくこと、それが自分らしさと思うことがなにより一番大切。 今の崇(タカシ)には、街(シマ)取りで、東京での組の勢力拡大を実感するのが、最高の暇つぶし、ストレス発散なのである。 最初から、一介の組がシマを張るには、一家をその街に構え、街にある、風俗、飲食店、賭場などを、一軒一軒訪ね歩いて、傘下に収め、みかじめ料を取ったり、オシボリだの、花だの、定期的に買わせるとか、雑誌に広告載せさせるとか、やたら工数が非常にかかる。経済活動としての営業活動も大変なことなのである。一大集金システムを作り上げねばならない。ここで、手っ取り早く、薬、賭博に走る若い組が多い。倉田組においては、御法度である。今やってるのは、既に縄張りを持っている組に押し入って、自分の傘下にするのが、手っ取り早い。 倉田組の名前を聞いて、すんなりいくことが多すぎる。それも、崇にとってはつまらないのである。誰か一人でも反抗的態度をとってくれた方が、一点集中、ボコボコにして、ストレス解消するのである。 う~ん、シマ・・ね・・、 渋谷は? 藤子(トーコ)は、やはり、あまり深くも考えてない。 どうせ、遊びのつもりだし、何処にショッピングに行きたいか?を聞かれたぐらいに受け答えをした。 あ、あ~、渋谷ね。 崇は少し、考えてみた。 渋谷ね・・・なんか気になることがあったような?・・・ しかし、今日は、眠いのだ。 頭がゆっくりしか動いてくれない。 昨夜、最近(1970年代後半)表参道にできたという、アメリカンなピザ屋に、夜食を配達させたのだ、が、配達に来たのが若い女の子で、ナイスな体つきなお姉さん、崇の好みだった。 悶々として、寝付けなかったのだ。 店が気を利かしたのであろうか? 崇は、彼女が、誰かに襲われないか?と、妄想の中、結構、寝ぬれず、ず~っと心配していたのである。 倉田藤子のボディガードとして、崇は、ここに住まわされている。 五階建てマンションの4階、 エレベータなし、 築5年、3ⅮK、立ち退き勧告中、 ヤクザ不正占拠中、組の物件。 崇は、ヤクザの組に入ったわけでもないのだが、親から、叔父から、幼馴染の親までヤクザなのであるからしようがない。親の命令である。 ま、家賃も生活費もいらないし、問題といえば、隣の部屋には、東南アジア系の若いのが、三人で暮らしており、何語かしらないが騒いでうるさい。下と上の階には、何時銃撃で襲われても仕方がないような人たちが住んでいる、ということくらい、そして、近くの豪邸一戸建て、こちらも訳あり物件らしいが、藤子お嬢様を、毎日、お迎えに行き、登下校を共にし、学内でボディーガードとしてつとめること。 部屋のチャイムが鳴った。崇は、一瞬身構えた。幼いころから身に着いた習慣、防衛行動。 そっと、ドアを開ける。ピザの配達。 エレベータがないので、配達員は、は~、は~、と息を切らしている。 もうダメ・・・という感じ。 アメリカンなピザ屋の制服に身を包んでいるが、どうも胸のサイズが桁違いに合ってない。はちきれそうで、一番上のボタンは外している。 少し茶かかった長い髪をまいて、ピザ屋の帽子に押し込んでいる。 崇でよかった。他の組員の部屋でも訪ねていたら、そのまま、部屋に引きずり込まれていたであろう。 キッツイすね、4階。3階までは、楽勝で来たんですけど・・・お待たせしました。 と、15インチクラスの四角い箱を差し出した。 受け取った、 サインをした。 だけど彼女は帰ろうとしない。むしろ、部屋に入らねばならないかのように、隙間から部屋の中を窺っている。 店側から何か指示されているのであろうか。近くの風俗から崇用に、急遽呼び寄せたのかもしれない。崇は、自分の力を知らない。広島ヤクザの組長代理若頭の息子、最近、東京に進出してきて、次から次に、やっかいな組を傘下におさめている。崇としては、広島の幼少期から、藤子の下部、遊び相手、でしかないのだが。 崇は、大きなお札を2枚彼女に渡した。 店長によろしく。あとの1枚は、君の。 と昨晩は、彼女を押し帰すかのように一応締めくくった。カッコつけすぎ。 ものすごく、暇で退屈な時間、悶々と先ほどの配達員にカッコつけ過ぎたことを後悔した。目がギラギラである。 しかし、崇たち、倉田組組員(一応、崇は組員ではない)は、性暴力に対してきわめて厳格である。藤子の影響でもある。 藤子が、小学生のころ、毎日、クラスでくらい顔をしたクラスメートの心を読んでしまったのである。 性暴力に悩んでいる。 母親に打ち明けたところ、次第に、自分が悪いことをしたようになっている。 性暴力は、続く。 悩みぬく友人。こういう場合、本人が相談したくても誰にも相談できないことを、藤子は見破った。神から与えられた能力と思える。 藤子は、このテレパスの能力が苦痛としか思えなかった。 心に秘めなくても、何気ない本心のことばは、相手にひどい心の傷を負わせることもある。受けたものだけが苦しみ、喋った本人は悪気もなく知らぬ顔である。 相手に対して悪いことをしたという自覚がない。 この自覚がなければどうしようもない。 それなのに、心に秘められ、表には出ない言葉、これが聞こえるのは地獄である。 相手への思いやり、あらゆるものへの思いやり、などは、心の中に秘められていることはあまりない。自然に流れでてくるものである。 普段は、優しい顔をして藤子に近づきながら、心の中で、自分を犯しつづけ、藤子が喜んでいる姿を想像している奴、家庭教師 優しく面倒見のいいことを口では言いながら、心の中では、面倒くせい、早く死んじまえよ、と罵っている奴、担任。 人のことを、自分の奴隷としか思っていない者。面倒なことは、人にやらせるもの、決して自分は関わらない者。 そんな声ばかり聞こえてくると、藤子は、 自分は何の罪で、こんな能力を身に着けさせられているのか? と神を呪ってしまう藤子である。 どの神か?は勉強不足が否めない。深く知らない。 ただ、幼いころから、和室にある、天照大神(てんてるだいじん?いいえ、アマテラスオオミカミ)が多分日本人だろうことは、うすうす理解している。キリスト教とか、イスラム教とか聞いたことはあるが、西洋の神様なので、ことばが通じない、そう思っている。 クラスメイトの心の声を知った藤子は、相談の手を差し伸べ、話し相手になった。 親身に話を聞いてくれる藤子のおかげで、クラスメイトは、どんどん、心晴れていった・・・のだが、藤子がこれで済むわけがない。性暴力を行っている相手が分かっているのだ。小学生の藤子が、父親に、 とうちゃん、ドス、貸してな、やっちゃるわ。 これを聞いて、父親の倉田組長も、崇の父親、若頭も腰を抜かしそうになった。源蔵は、崇の父親とともに、藤子から事情を聴いた。性暴力の犯人は、組の若いチンピラであった。 次の日、崇の父親から、チンピラは潜水艦のスクリューに縛り上げておいたこと、藤子のクラスメイト一家は、源蔵の手引きで、神戸に引っ越させたこと、を聞いた。倉田組ではそれ以来、性を売り物にしたり、それで、男を誑し込むのはOKではあるが、本人が、嫌がっている性暴力行為は、一切厳禁である。犯した時の、自分の末路、後の始末まで示されている。 そして崇は、頭の中のもやもやを、藤子に悟られないよう、 藤子への返答、眠そうに、面倒そうに、声に出した。 渋谷、は・・・ダメですね。 あそこの駅前交番に、知り合いがいましてね、藤子も知ってるでしょ?沖縄から転校してきて、直ぐ、また転校した自衛官の息子。そいつ無茶苦茶な奴なんです。アメリカ海兵隊にコネがあるようで、ある時、駅前交番を、何かのデモ隊とか、暴走族が取り囲んだ時のことですがね、 アメリカ軍の対戦車用ヘリが飛んで来まして、機銃で、一斉掃射したそうです。 奴の持ってる銃なんか、日本の警察のじゃないですから。一発でこの車なんか吹っ飛ぶくらいの物らしいんで。 助手席の、黒づくめの本物のボディガードが、胸元から、マグナム拳銃を一丁とりだしたて、崇に差し出した。 こんなの? と、大型リボルバー拳銃を出して、 これ、あげるよ。 崇は、物珍しそうに、用心深く頭を下げ、そのアメリカ製の大型拳銃を両手で受け取った。 有難うございます。 彼に一礼して、横の藤子に でも、渋谷は無理。 藤子は、 じゃあ・・・新宿は? 崇は、助手席の組の男と、目を合わせた。 別にかまいませんけど、あそこは、本物の組織がしきってますんで、本物の抗争になりますよ、こちらも、それ相応の犠牲を覚悟して、それなりの人数あつめないと・・・ま、なれっこなので、うちの組に分はありますけれど。社長に事前にご相談は必要かと思います。 藤子は、そう・・か・・・、本物か・・・としばし考えた。 でも、こないだ代々木とか、神宮とか、青山なんて、なんなくとれたじゃない。あそこ、ジジババ臭くておもしろくないんだよね・・ 崇は、前席の組員の顔色を伺いながら、藤子に言った。 ま、あの辺は、神宮の参道に露店を出す、的屋(てきや)の親分を知ってたもんで、盃を交わして適当に話つけられましてね、それに予備校近いし、いい喫茶店もありますし、これから流行りますよ、将来性っていうやつで・・ 藤子(トーコ)は、この自分と同い年の若い崇(タカシ)が、将来性の話をするのが、少しおかしかった。 将来性? いくつの爺になった時のこと考えてんの? あそこ面白くない! この前も、品川を獲ったとかいうから、楽しみにホテルロビーに行ってみたのに、警護無茶苦茶適地にいったみたいだったし、取ったのって、ホテル側じゃないじゃない?海側って、漁師でもやるんかい? わたしに網元にでもなれってかい? 藤子の攻撃には、車内の黒づくめの男たちも、タジタジである。 品川の場合、 他と同じように、既に仕切っている組(漁師の網元あがり)に話し合い?に行っただけなのではある、が、妙にやたら反対する若いのがいたもんだから、崇が、ボコボコにしてしまったのだ。普通ではない、息することも許さぬような崇の執拗なしめ方には、お付きの組員も止めに入ったほどだった。崇は、ニコニコしながら、殴りまくり、ボコボコになった相手に対して薄い笑みを浮かべて今度はけりまくっているのである。完全なストレス発散運動全開。これには、相手も此方も目を背けた。崇に反発してボコボコにされたのは、その組の組長の息子、若である。崇の異常さが功を奏したか?一応、その場で、契りの盃となった。しかし、間違えば、こちらの命が無いところ、未だに、恨みを買っているはずなので、常に注意しなければならい。 彼らは彼らなりに、命を張って、仁義を通し、街をとってきた。 たしかに、表参道、外苑前、青山に至っては、風俗など何もなく、店事態も、チェーン店だとか、大会社のアンテナショップとか、骨とう品屋などばかりで、組の入る余地など無い。参道に露店を出す仕切りをしていた的屋(てきや)の組と話をすんなり付けただけではある。 この娘に父親に、おもしろくない! と、告げ口でもされようものなら、さっきの品川沖に浮くことになる。 藤子には、車内の皆の心の声が聞こえた。だから、雰囲気を変えようと努力した。 ね、池袋は? 藤子には、崇の心の声が聞こえた。勘弁してよ…ミーハーなんだから・・ 藤子には、人の心の声が聞こえる、念じてテレパシーで、遠く離れた人にも気持ちが伝えられる、テレパスの能力を、幼いころから身に着けている。実は、予知能力もあるらしいのだけれど、不定期であり、使い方が分からない現状である。 崇が答えようとしたとき、藤子の声が届いた。 口で言わなくていい! 崇(タカシ)は、しばらく、じっと考えた。 藤子に悟られないように。 先々週、実はもう、池袋には行っている。 藤子に悟られてはヤバイと思い、意識を散らす。 ただ、エッチだけは、考えない。心を見られては、ヤバイというよりは、大笑いされてからかわれてしまう。 池袋では、挨拶と、下見のつもりがえらいことに巻き込まれたのであった。 駅を西口に出て、学校内と同じように、とぼとぼ、きょろきょろ、気弱で、落ち着きない学生として、・・・・繁華街を下見?歩いていた。 直ぐに、高校生らしき5~6人の若者に取り囲まれていた。崇は、相手が学ランではなく、流行りのブレザー、ニットセーター、帽子、リーガルの靴なのに目を輝かせた。既に戦利品に目がくらんでいるようである。戦闘モードに入ろうか、というところ、反対側から、今度は、学ランを着崩したような貧乏くさい学生の集団がやってきたのだ。何やかやで、バトルが始まってしまっていた。崇は、目を見張った。最近はやりのカンフー映画に出てくる、ヌンチャクだの、なんだのと、映画でしか見たことのないような、カンフー武器がでてきたのである。 欲しい・・・・ ブレザーといい、セーターといい、武器といい、欲しいものがいっぱい目の前に出てきたのである。 そのうえ、いつの間にか、周りに崇好みのアメリカンな女子が、スカジャン姿で、いっぱい、取り囲んできたのである。 崇は、宝の山を見つけた気になっていた。 チョー、ラッキーじゃない・・ここ気に入った。 乱闘が続き、ついに両チームのリーダー同士の戦いとなっていた。あとの者は、殆ど、血まみれでうずくまっているか、逃げたか、である。崇は、ここで、出て行って、二人とも倒してしまうことはいとも簡単にできた、が、戦いは二人に任せて、様子を見ることにした。周りに女性がいる場合、次々に戦士きどりが、沸いて出てくる場合が多いと読んでいた。ケリをつけるのに時間はかかるし、つけられない場合も考えられる。火事場泥棒、戦場稼ぎよろしく、倒れている者から、お気に入りの物を集めていた。と、不意に、 おい、こら! 三人組の、派手なアロハシャツにジャケット、雪駄姿のチンピラが現れた。 おい、こら!チンピラが、ここらで、何してんねん? そして、反対側からは、今度は、白いさらしを腹にまいた、黒スーツの三人組が現れた。 お~お~、人のシマで、何ほざいとんじゃ?このチンピラが、 どちらも見事な、チンピラである。 崇は、そ~っとこの場を去ろうとしたのであるが、チンピラ風のひとりに、気付かれてしまった。 おい!こら!どこ行くんじゃ、わりゃ、 と、ひと蹴り入れられた。ちょっと、ムカつくくらい効いた。 チンピラと、学生の入り混じった争いになった。さらしからは、ドスまで出してきたので、相手側は、小銃を出してきた。 やばいな~、さすがに後始末が・・・・ 崇は、気配を消して逃げようとしていた。と、ドスを抜いて、タンカを切っているチンピラが、崇に気が付いてしまった。 あれ? 知り合いだ。土下座するように、這いつくばって、崇に顔を近づける。 何してはりまんの?倉田組香川若頭のボンでっしゃろ? 崇は、気まずい感じで、 はあ~、あの掃除のアルバイトで、ちょっと・・・・・ チンピラは、妙に納得したように、 そうでっか、おんなじです。私も、この街のお掃除のアルバイトでして、ま、頑張ってください。それで、このシマ取るんでしたら、西木組ちゅうんが、ありますので、そこに、私、臨時社員でおりますので、声掛け下さい。 崇は、そろりそろりと、誰にも気づかれないように駅に逃げ出した。次に来たらヤバイな、この街。何されるか分からない。別に命に係わる事件はないであろうが、二度と足を抜けられなくなる恐れが十分にある。面が割れてしまった。出来れば、顔を出したくない。二度と。 崇は、藤子には、 池袋は、ガキンチョが、団を組んで、二手に分かれて綱引きしてる街、で~す。 取るには訳ないけれど、まとめられないんです。 誰がまとめるの? オレ? 嫌なこった。 後ろには、新宿しきってる組と、鉄道会社にぶら下がっている総会屋稼業中心の組が、どういう訳か、付いてるんだよね。操ってる?傘下に収めている。 街とるのと、お気に入りの喫茶店や洋服屋に行くのと訳ちがうから。分かってないんじゃないの? 沈黙のなか、藤子(トーコ)の機嫌悪そうな顔。 テレパスの力で、誰にも知られずに崇と会話をする。 崇だって、週末の退屈しのぎじゃない? 私が好き放題いってるようにして、私が言わなきゃ、組の若いの動かないし、相手も相手してくれないし、自分のためのくせに・・・ 崇に無言で、ちゃんと通じている。 そりゃ、お嬢さまのボディガードとして、無理やり東京こさされたんだもの、広島でも退屈だったのに、こんなところ来ちゃったらボケちゃうでしょう? 崇は、ひと呼吸おいて じゃ、週末は渋谷、ということで。 いいよ、拳銃も手に入ったし・・ 藤子は、 エ? と少し慌てた。 本当に、渋谷、やるの? やらない。下調べと、挨拶。 と崇。久しぶりに、渋谷交番に勤務しているという、玄海(げんかい)君にあってみたいと思ったのである。同じ人種と幼心に感じていたので、暇つぶしにはあまりある刺激をくれるだろうと考えていた。 渋谷、スクランブル交差点脇、駅側、ハチ公像のそば、渋谷派出所交番はあった。玄海は、父が戦後出来立ての海上自衛隊に入隊していたので、沖縄、広島呉、神奈川横須賀と、幼いころから、点々と転校を繰り返すこととなった。中学時代に、空手大会で、関東大会優勝を果たし、卒業と同時に警視庁に入り東京に落ち着いた。渋谷交番 巡査とした勤務していた。場所柄、仕事が、街の道案内とか、酔っ払いの相手が多く、退屈を極めていたのである。先輩の巡査に、 先輩、よくこんな暇な、つまんないところにいられますね? 先輩は、 つまらないことばかりで、平和じゃないか? 先輩、よく、人に路聞かれて、何でも分かりますよね?凄いですね? 君も、街を愛して、時間があったら、こまごま、巡回してみるといいよ。いろいろ、一軒づつ見えてくるものだよ。 玄海は、酔っ払いたちを一通り、始発の駅に送りだしたので、ゆっくり、センター街でも回ってこようと思った。センター街では、まだ早朝、ゴミの収集が終わっていない。いたるところに、生ごみの袋が山積みされている。また、袋にされた酔っ払ったサラリーマン風の叔父さんがゴミの山に捨てられている。それを、カラスと、浮浪者風の叔父さんが争って漁っている。 なかなか、面白い光景ではある・・・・・ と、感心、物珍しそうにセンター街をゆっくり歩きまわった。 と、その時、不意に、女子高校生らしき、女の子が、玄海の胸に飛び込んで来た。 お巡りさん、助けて! 衣服が乱れている。その後ろから、最近、テレビ報道などで、いたるところに出てきたという、暴走族なるものたちなのか?黒いツナギに金糸の刺繍を施し、マスク姿の二人組が追ってきた。少し、玄海は、睨みを利かして少女を派出所に連れ帰った。しばらくして、爆音をたてながら、一台の大型アメ車のオープンカーが派出所前に止まった。降りてきたのは、先ほどの二人。 お巡りさんよ!さっきの落とし前、つけてもらいに来たよ。さっさと、さっきの奴を連れて出てきなよ! 玄海は、胸に沖縄の友人から貰った大型リボルバーの拳銃があることを手で確かめてみた。相手の二人は、鉄パイプに、金属バットであった。 表に出た玄海は、大型リボルバーで、無人となっていたアメ車オープンカーに一発撃ってみた。車は一撃で吹っ飛んだ。青ざめる二人。 あんた、何してんの? 玄海は、恍惚の表情で、 前から、一回撃ってみたかったんだよね・・・・、今度は、どっちの頭にしようかなっと?慌てふためいて、渋谷スクランブル交差点を信号、赤の中、走って逃げる二人。 先輩巡査と、少女は、そろってその光景を呆然と眺めていた。 先輩巡査は、少女に速く立ち去るよう、うながした。少女は、身だしなみを整え、一応、玄海に頭を下げ、駅の改札に去って行った。 その日の夕方、渋谷駅前交差点は、多数の暴走族らしき、車、バイクであふれかえったのであった。爆音を鳴らし、警笛を鳴らし、威嚇している集団。まだ、大人たちが子供の遊びの延長としか思っていない時代、法整備が出来ていない時代、警察も法的に動けない時代である。いまでは、そんなことは起こらないし、起こる前に検挙される。派出所の自分の机で、出前のラーメンをすすっていた玄海に、先輩巡査は、 玄海くん、大変だよ、外、暴走族が次々集まってきている! 外を覗いた玄海は、固く派出所の扉を閉じた。そして、電話した。横田基地。 しばらくして、騒然とするなか、一機のアメリカ軍の軍用ヘリが、渋谷派出所の上空に旋回し始めた。ロープを使い、一人のグリーンベレーらしき軍人が、機銃を手に派出所屋根に降り立った。玄海は、窓から顔を出し、 悪いねケント、ちょっと厄介でね・・ 軍人は、 大丈夫、明日から戦地に行く。行く前の装備の点検です。 と言って、群がる暴走族の足元めがけ、2秒ほど、機銃を一斉掃射した。 じゃあね、玄海、生きて帰ったらまた遊ぼう、 と、ヘリに自分を吊り上げるよう命令、合図し、吊り上げさせた。そして、ヘリから、サーチライトを照らし、無人と分かる車や、バイクに丁寧に砲撃(ロケットランチャー)をくらわしていった。 渋谷スクランブル交差点は、火の海となっていた。 崇と、藤子、まだ広島、呉の街の幼い日々。二人は中学に入学したばかり。 中学一年生、崇(タカシ)と藤子(トーコ)、彼らは、ただ、ただ、肩を並べて、一緒にいたかった。 中学での最初の夏休み、毎日のように海に行った。 ただ、一緒に、海を眺め、風を感じていた。 二人で一緒に、来るはずのない、ある映画でみた、大波、ビッグウェーブを待っていただけだ。昭和四〇年代、1980年より以前の時代、世の中全体が浮かれたバブル時代には入っていない、その前夜。瀬戸内海の元軍港のあった呉市。 戦後の高度成長期が始まる、全てが混沌とし、乱暴な時代。 香川 崇 (カガワ タカシ) 中学1年生 15歳 田舎に住みながら田舎が大嫌い。 今、都会の男子はIV系とかUCLA系ファッションだといっては、中学の制服に取り入れている。既製で無いものは仕立ててもらっていた。黒い学ランではあるが、ズボンはダブルに裾を仕上げ、ボンタンタイプではなく、くるぶしに向かって、細見に仕上げてある。いわゆる、IVである。靴は、勿論、雑誌通り、リーガルのローファである。VANジャケットの白いテント地のトートバックを学生カバンとしていた。 今日も、波のない瀬戸内海の海で、サーフボードにまたがり、来るはずのない大きな波を待っていた。乗り方は、広島市内の大手本屋を探し回って探した雑誌で研究し尽くしている。そして、この瀬戸内で、波が来ると予言めいたことを、崇に伝えたのが、幼馴染、昔からの天敵、いや、兄貴?分、 倉田 藤子(クラタ トーコ) 中学1年生 15歳 香川崇の幼馴染。父親は、今でこそ倉田建設の社長、倉田源蔵。 倉田綜合警備前社長、実のところは、倉田組の組長、現在は、両方とも香川崇の父親が代理を就任している。以前は、倉田組の若頭が、崇の父親であった。 藤子には、幼いころより、定かではないが、予知能力、人の心の声を聴き、念じて、気持ちを伝えるテレパシー、そうテレパスの能力、が備わっていた。その能力で、父を助け、崇を助けた。ただ、思い通りには使えない。 二人の住んでいる呉市は、 戦時には特需に沸く町。 海軍主要都市であったが、今は造船業が栄える町。朝鮮戦争、ベトナム戦争と特需は続いた。ヤクザでさえ混沌として一つにはまとまらない。 サーフィンなんて、誰も知らない。 瀬戸内で、台風以外は穏やか過ぎて波などない。 僕たちは、何時も、来るはずもない、大きな波を待っていた。 あの夏の日、来る日も、来る日も、君は一緒だった。 ただ、ただ、この瞬間が永遠に思えた。 君はいつも近くにいた。 僕は、君といるこの時間だけで、もう何もいらない、そう思っていたんだ。 波なんてものはいらない。大波などない。 なんて美しく、穏やかな、揺らめく波のうえ、夕日がきらめいている。 さざ波。 君といる、君の頬は、夕日にてらされ夕日色、少し潮焼けした茶色いポニーテールが、潮騒に揺れる。 君と同じ時間にいる。 ただ、そこに二人がいる。 それで、よかったのだ。 香川 崇、と倉田 藤子の地元、呉の町の中学校は、瀬戸内を眺める丘の上にあった。親同士が、主従関係にあったため、二人も生まれながらに主従関係にあった。生まれてからこの方、いつも、一緒にいた。 崇は、一年にありながら、既に教室後ろの窓際に追いやられていたが、本人は、ここがいたって気に入っている。窓の外、校庭を挟んで、その向こうは海。絶景である。 呉の町は、広島市から、海岸線に沿って、東に二〇キロくらい南におりたところにある。 海沿いに国鉄の呉線が、走っている。また、それと並行して海沿いに、国道三十一号線が走っている。瀬戸内海の本土側、中国地方側、海沿いの街。海側は、南、山側は北、と決まっていた。東は東京方面、西は、山口の方、と、東西南北を言わない町である。海からは(南側)、小さな島々の間を縫って、呉湾にはいってこなければならない。小さな島とはいえ、淡路島、小豆島は別格としても、大三島、江田島、宮島などの多くの大きな島を有する。瀬戸内海は、本州の紀伊半島、淡路島と四国および九州(北九州、大分、宮崎の東海岸)に囲まれ、関西方面で紀伊水道、四国、九州方面で豊後水道により太平洋に抜け、山口、北九州方面では関門海峡により日本海に抜けている。領域内には大小約 七〇〇の島々が存在しているため軍事的には、近代戦の海軍基地には格好の場所でもある。とはいっても、巨大軍艦、巨大大砲の戦争であり、飛行機による戦闘が主流の現代戦争には特にメリットもない。そういったことから、ここ呉は、第二次大戦中は軍港、明治時代には日本帝国軍の鎮守府となり海軍工廠があった。 戦艦造船については、東洋一といわれ、ドイツのクルップと肩を並べる、世界的な大兵器工場であった。戦艦大和が造られたドックは、いまだ残っている。 第二次大戦終戦後、呉市は、造船の町として栄えていた。 終戦当時は、闇市や、在留米軍を相手に何らかの商売をする、などで、活況な町々は、日本全国にあったが、今でもそれがそのままここに残っている感じの町なのだ。 商店街には、バラック建てで、バーと黒字一色で英字で書かれた黄色いネオンの光る、夜だけ開く外人専門の飲み屋もある。派手な化粧にドレスのおばさんが、表に立って、外人軍人、水兵を呼び込んでいる。友人のお母さんだ、というところである。 店のなかは見たこともないし、友人?に聞くこともなかった。ただ一度だけ、おばちゃんでなく、若そうな、お姉さんが、派手目の白いドレス?スカートの下にいっぱいひらひらが、花びらのように重なっているワンピース、最近見たアメリカ映画で、ツイスト、ロックンロールなどを、踊っているアメリカンのガールが着ていた、と思うが。に身をまとって、店から、ヤンキーと肩組んで出てきたときは、中にすごく興味を持ったのを覚えている。中で踊れるのか? 日本人の俺も、ある程度の年齢になれば、入れるのだろうか? 親、知り合い同伴では? 香川崇の親はヤクザ、其のたぐいである、いや、正確には本物である。倉田組組長代理、代行、若頭。そして、伯父も其のたぐいではある。いや、正確には本物である。 また、幼馴染の親も、すべてほとんどヤクザ、なんていう、町なんだ、ここは。 この街。 小学校の下校時、友達と、人通りの多い町の中心、商店街に入ったところ、前から、黒いスーツを振り乱し、左脇に革靴、もちろん足は素足、右手にチャカ(小銃)をもって、泣きそうになって走ってくる若い人?サラリーマン?をたまに見かける。 ぼうや、ちょっとゴメンよ。 一応、礼儀正しく、崇達を避けて、逃げている。 ただ、街での発砲事件とかは聞いたことがないし、見たこともない。治安のよい町ではあるのだ。 小学校といえば、崇の記憶では、運動会の時であるが、この日のために、毎日、マラソン?早や駆けというらしいが、マーティングバンド、騎馬戦、など、軍事訓練のようなことをさせられる。小学生である。 そして、その成果を大人たちに見せる日が運動会でもある。 運動会などは、両親がそろって見に来ている家庭などはあまりない。 運動場のトラックの周りには、無人の場所取りがしてある。 お昼、お弁当時間に、何処からともなく、地面に敷かれた御座の上に、母親らしき人だけがお弁当をもって現れる。 父親と思える姿はない。勿論、大体は、全国指名手配、逃走中である。 現れる訳ないのである、が、その時に、校舎内のトイレに行くと、 タカシちゃん、うちのコージ、呼んできてくれる? などと、人相の悪い、おじさんに頼まれる。指名手配犯だ。 崇も藤子もこんな小学生時代を送った。 中学生の崇は、今日も放課後、瀬戸内海の、穏やかで、波の一切ない海水浴場の海の上で、サーフボードにまたがっていた。 雑誌で知った、サーフィン。 感動した。 これぞ、アメリカ西海岸、カルフォルニアのビーチボーイだ。 頭の中では、ラジオで聞いた、パパスアンドママスの曲、カリフォルニアドリーミングが流れっぱなしだ。 アメリカ、ハワイで始まり、カリフォルニアでは若者皆んながやっているようだ、雑誌によると、そう書いてある。 そう、流行(はや)っているのだ。アメリカン 崇は、直ぐに始めることにした。 とりあえず、お金をどうするか? お金には困ったことがない。頼めば何とかしてくれる人はいる、喜んでか、イヤイヤかは別として。しかし、自分のお金で物事は、始めたかった。 結果が、続くか、続かないのか、見えないからだ。 手っ取り早くカツアゲというのもある。 それは、集金力はずば抜けて速いが、非常にリスクを伴う。 とにかく、相手が誰と、どう、繋がっているかが分からないと、大変なことになる。 弱そう、に歩いているからと言って、声をかけてみると、親はヤクザの幹部クラスで、と、別に崇としては、組長代理、若頭の息子であるし、別にそれで相手が怖いというわけではないのだが、自分の父親にカツアゲをしたことなど伝わったりするとしたら、地獄となる。 本気で殺されるかもしれない。 機嫌のいい時で、顔だけ地面に出して、庭に生き埋めにされ、顔にハチミツをぬられる。 アリだの、セミだの、カマキリだの、いろいろお目見えすることになる。 だから、崇は、親の威を借りず、まっとうに働く。 しかし、 この町では中学生は、アルバイト禁止なのだ。 崇は、先輩に頼み込んで、先輩の率いる、高校の野球部員たちが、多くアルバイトをしている先輩の肉屋で高校生にまぎれこんで、雇ってもらった。 お肉屋さんで学んだこと、それは商売の基本。サービス。 お客さんは、ミンチだの、ボンレスハムなど、何グラム、でご注文される。 だから、最新鋭の秤(はかり)が置いてある。測り売りなのだ。 崇は勤勉で、計算高い。200gと注文されたら、170gでまずは秤に品物をおいてみる。 そこからちょっとづつ、ハムやミンチを切り刻むように、秤にのせてゆき、00gぴったり合わせる。 それをやっていたら、お客さんは何時も、苦笑いしていく。 自分の中学校の国語の50代の女先生が買い物に来た時である、 学校にばらされたらやばいか?と思った。 いつも通り、00gの測り売りをしていたところ、案の定、次の日、職員室によばれて、こっぴどく説教をされた。女先生は、ふくよかな胸も、お腹も、おしりも揺らして、崇に迫りくる。爆発状態で怒る。 アルバイトをしていることではなかった。 測り売りの仕方である。 100gしか要らなかったのに、崇の顔を見てしまった途端、倍注文してしまったらしい。ホストクラブに行くと破産するタイプか?この町に、女性相手の飲み屋が無いことに感謝すべきである。 200gの注文に対して、170gで一旦止めるのは正解らしい。 しかし、そのあと、切り刻んだものを積み重ねて200gにするのが、間違いであるらしかった。 失礼である。 らしい。確かに、この刻まれたものをどう料理するのか?考えたこともない。 そこで、ポーンと大目に一瞬秤にのせて、数値が増えて止まらないうちに、多くした、サービスした、のを客に分からせて直ぐおろす。 包む。 毎度。 それが商売、人付き合い、人気商売の原点、とのことであった。 昨日、ハムを細かに切り刻んで、00gにしたのが、余程腹が立ったのであろう。 世の中、人には、サービスが肝心。 それ以来、サービスに努めた。 とにかく、外人さんや、知り合いに、ぽんぽん、サービスすると、時給の給与より、日本なのに、チップがいっぱい入るようになった。 一応の金はできた。 何処でやるか?より、まずは恰好からである。 道具、ボードはどこにあるのだろう。 そう言えば、何処に売っているのだろう。 出版社の記者に問合せをしてみた。 何本も何本も。そのころの電話は、黒電話。だいたいは、各家庭に一台、玄関の靴箱あたりに鎮座している。何本も、といっても、結構手間がかかる。指でダイヤルなるものを回すのであるから、指がつかれる。そして、相手がこちらの町のこと名前自体を知らないので、どうにもならない場合の方が多かった、住んでいる近くには、サーフボードを売っている店はなさそうだ。 それはそうだ、サーファーさえまだ一人も存在しないようなところなのだから。 いろいろ手あたり次第聞いてみた。 スポーツ関係は全然ダメだった。サーフィンの存在さえ知らない。まったくと言っていいほど知らない。 ファッション関係、こちらはかなり手ごたえがあった。さすがに、アメリカにアンテナをはっているらしい。 崇は、藤子の協力のもと、やっと、広島県内に一軒だけ、サーフボード、ウェットスーツなどを置いている店を見つけることが出来た。 広島市を東に通り越して、西に向かう。宮島付近にあるらしい。宮島口までは、呉港から船、フェリーで行った。広島の宇品港を経由する。時間は、電車に比べてかなりかかるが、穏やかな波間を行く、ゆったりした時間が好きである。 お店は港や、海水浴場の近くとかでもない。 有名メーカーのモーターボート置き場、ハーバーというには程遠い。 メインは、どうも水上スキーと、モーターボートの取り扱いのようだ。 一級船舶免許、取得、4日、の表示もあるので、モーターボート教室が本業とも思える。 崇は、雑誌通りのボードとウェットスーツを購入した。 店側としても、まさか、能天気な店長と同じことを考えている人種が広島にいるとは思っていなかったのであろう。 かっこいいから、 ディスプレイに置いておいたのを購入されてしまった感があった。 まず、店では、 売るか? 売らないか! が検討されて大問題となっていた。 ファッション雑誌に、写真と値段まで掲載しているのだ。 売らなければ仕方いないだろう、 ということになったのであるが、 そのあと、 再度、これを仕入れに行くのか?アメリカに。 あのノーテンキの店長にまた、いかせるのか? そしてこれは、今、流行(はや)っているのか?そして、 これから流行るのか? 店は、店のオーナーを挙げてのトレンド経済の大問題に突入していた。 しかし、店としては、この若者子を、宣伝に利用してマーケティングを試してみようということになったらしい。 崇が、海の男として、全国的なアイドルとなる、その第一歩となるのである。 思わざれど、運命は強い思いに怒涛の如く流れ込んでくる。 とにかく、崇は、ボードを手に入れた。 格安、というより、ただ同然で、好きなものを与えられた。 ただし、毎週、場所を指定され、その海、浜辺に行かなければならなかった。そのたびに写真は撮られた。 特に、サーフィンをしろとは言われない。 自分たちが、セレクトして、仕入れた衣装をまとわされて、ボードを片手にファッション雑誌用の写真をとられる。変な雑誌でない限りオッケーである。 何枚か取り終えればあとは自由なのである。 何が必要かも、誰も分かっていない。 ウェットスーツがなければ、海パン、Tシャツでいいのだ。 崇は、雑誌にはそんなアメリカンがいっぱい載っていたのだから。と思っていた。 これで、恰好はついた。 で、何処で本格的にやれるの? 図書館に初めて本を探しに行った。 藤子に付き合ってもらった。 崇は、なんせ、本の探し方、借り方さえ知らないのだから。 図書館に行くのは、夏休みの宿題を藤子に写させてもらう時と、うどん、そばを食べに行く時ぐらいだった。 ここのソバが絶品である。 手抜き?ともいえるのではあるが、そば、といっても、中華麺である。 ダシは、一緒に販売しているウドンと同じ、ダシの効いたウドンダシである。 これに、コショウを思いっきりかけまくる。 うまいのである。 それでも、本の借り方さえ知らない、崇であった。 藤子と片っ端から本を集めた。 サーフィンの出来るところは、瀬戸内海には、何処にもない、ということだけは確かそうであった。 ハワイ州のオアフ島、アメリカ西海岸、カリフォルニア海岸の桟橋などの写真は、しこたま見ることはできた。 いつか行けるといいね、くらいの成果はあった。 藤子が、横に座って微笑んでいた。 崇を見つめて微笑んでいた。 藤子には、大人になって自分が、サンフランシスコの空港に降り立つ風景が見えた気がしたのだ。少し年上のようだが、精神年齢的には低い?若い?同じくらいの年?のサラリーマンとである。藤子はもちろん社会人であった。 藤子は、しばらく宙を見ていた。 そして、 波、くるところ、あるよ。 崇は、また、藤子の妄想が始まった。 と思った。 しかし、これが良く当たる。 かいが浜 海水浴場、の沖です。 と、藤子。 海水浴場? アホか? 笑いものにしたいのか?俺を。 と 崇は怒ってみせた。 だけれど、藤子は真剣な眼差し、崇は経験していた。 たまに、藤子は予言めいたことや、妄想めいたことをいうが、小さな時からこのようなことはあるのであるが、これが当たる。 崇に関係することは、百発百中で当たるのである。 崇は、ボードにまたがり、藤子は浜辺の波打ち際で、波を待っていた。 来るはずもない。ビッグウェーブ。 瀬戸内なのだ。 内海なのだ。防波堤があるので、外海は波が少しはあるのかとも思った。 台風でもなければ波など来るはずもないのだ。 たまに来る観光客は、 ここは、川? と間違える? 別に間違ってはいない気がする。 ただの小汚い、砂浜があり、牡蠣養殖のイカダの、牡蠣取り込み用の船が出るための堤防があるだけだ。堤防があるのだから、浜近くでは、波は来ない。浜の後ろには、牡蠣を加工する小屋があり、その横には、野積みされた貝塚がある。これが、くさい、くさい。広島の子供たちの中には、この匂いを経験して、牡蠣鍋嫌いであることがある。生ガキなどは、一生こんなもの食べれないと思うくらいである。同じ匂いがする。しかし、ちなみに、牡蠣フライとなると、大好物のひとつに数えられる。 この海水浴場では、堤防を、飛び込み台替わりに地元の人々は使用した。 地元の人々は、勝手に、ここは海水浴場だ。としたのだ。 たしか、浜の持ち主で、自分のために国鉄である電車の走る呉線に、海水浴場用の駅をつくらせようとした人がいた、とか聞いたことがある。 海は目の前であるが、市内中心部近くには海水浴場たるものはない。港なのである。 海は、浜は、船着き場以外は、殆ど自分勝手に建てられた牡蠣の加工場となっている。 いくつもの牡蠣小屋が建てられている。 しかし、ここについては、一軒だけであった。 力関係、大人の事情というのが働いているのであろう。 それがここ、市内唯一のかいが浜という砂浜、海水浴場である。 その沖に崇は浮かび、藤子は、何時も崇にくっついて来ては、崇を眺めている。 岸辺にいる。 そして何時も崇とつるんでいる、IV野郎、たしか、南郷とか言ったような、その男と一緒に藤子は同じ砂浜にいる。崇のファンなのである。砂浜で、沖の崇を見守っている。 沖には、崇以外に大学生くらいの青年が、3~4人はいる。 ここに波が少しだけ起こることがある。 それは正解なのかもしれない。 もしかして、地元では有名なのであろうか? フェリー船、自動車ごと客を載せる客船。 四国、九州と広島を結ぶ、高速客船、水中翼船、 が次々と近くを通ると、波紋が絡み合い、波は起こる。 呉には、海上自衛隊 潜水艦基地があり、海上保安庁海上自衛隊基地もある。戦艦?自衛艦も数多く集っている。 潜水艦が、突然、海底から海上に出てくる、そんな時もある。 その時、大きな波は起こる。 藤子の言った通り、波は来る。 ただ、崇は、その時そんな波以外の波、大きな波を待ちわびている。 映画に出てきたように。カリフォルニアドリーム。 しかし、崇が、それに乗ってサーフィンが出来るかは別の問題である。 何度か、潜水艦波に乗ろうとはしたが、波は崇のボードを追い越し、浜に向かって行く。 波に、置いてけぼり?にされてしまう。 もっと大きな波でないと乗れない。 崇は、そう嘘ぶいている。 映画を気取っているのが分かるのである。崇の叔父などは、ヨットという、貧乏海賊が乗る様な、貧相な帆掛け船に乗って風を楽しんでいる。 波を待つ黒いウェットスーツを着込んだ海の上に浮かぶサーファーに対して、 おい!アメンボー、邪魔なんだよね。うようよ、浮いてるんじゃねえよ。 と、揶揄して、スイスイとヨットやらを沖に進めていく。 波は、多少で構わない、 むしろ、波などいらないといえる。 風さえ少しあれば動いてくれる。 ヨットとやらは、崇の真横近くで止まり、叔父は崇に  何を待ってんの? 映画の見過ぎだよ。ここは、牡蠣養殖と近海魚を採っている漁港だよ。浮いて待ってても、クラゲとゴミしか沖からはこないぞ。と、 スイーッ、と風とともに横を通り過ぎ、沖に向かった。 沖といっても瀬戸内海は岸から離ていけば、反対側の対岸についてしまう。 正確には沖はない。岸辺と岸辺の真ん中。 勿論、確実に水平線もない。 海の向こうは、瀬戸内に浮かぶ島々と、四国である。  藤子は、海に浮かび、ひたすらカッコつけて波を待つ、アメリカンなサーファーを気取っている崇を眺めている。 浮いている。それが、サーフィンというものなのか、と思った。 崇を眺めている。それが好きだった。 幼い時から、弟のように思っている。 ちゃちゃをいれては、崇をからかう。 一緒に居られればそれでいい。 それで楽しい。それで幸せなのである。 姉のように横柄な態度をとる藤子を、崇は嫌らっているのは知っている。 藤子は、昔から。崇のことならなんでも、分かる気がする。 これが、自分に備わった読心術や予知能力であることは、まだ気が付いてはいない。 なんせ、他のことは一切、気が付かない。ただし、他人の心の声が聞こえるのは、よく自覚している。この能力だけは、要らないと藤子は思っている。 ゆらゆら揺れる波に夕日が反射して光が揺らめく。 夕日は、水平線に落ちてゆくのではなく、対岸の島々に落ちてゆく。 ダイヤモンド富士のような光景はここでは、何時でもみれるのだ。 名前も知らない島ではあるが。 後ろに夕日を背負い、影になってゆく崇。 後ろにフェリーが来るのが、頭のなかに見えた。 崇に知らせる、 フェリー来るよ。波くるよ!・・・(ちょとだけどね・・・) 藤子は、夕日をみている。 また明日もこの夕日を見れればそれでいい。 この時間だけで、もう何もいらない、そう思っていた。 穏やかな、揺らめく波のうえを、夕日がきらめく。 忘れかけた存在ではあるが、となりで、崇に大きく左右に手を振る、IV野郎、こいつも同じ思いなのであろうか。 しかし、藤子と崇の明日が、なぜか感じられない。 いつにない感覚である。 藤子は少し、不思議にも感じ、不吉な感じもした。 明日が無い? 隣のコイツのせい? 崇はいいかげん、波待ちのアメンボウを切り上げて、浜に上がってきた。 藤子と、コイツとならんで夕日を眺めた。 その時、コイツは、何か感づいたのか、邪魔者になっている感があったのか、突然、しゃべり始めた。 ところでね、夕焼け小焼け、って歌あるでしょう?歌えるよね。 ゆうやけこやけでひがくれて、やあまのおてらのかねがなるううう? で、大波小波ってどんな歌だっけ? 大波、小波、あーしたてんきにしておくれ?ってテルテルボウズじゃん。 大波小波でひがくれてーって、夕焼け小焼けにつながっていかない? と、立て板に水の如くしゃべり続ける。 つながっていかない?絶対に・・・ そして、この三人が住む町にも明日は来た。 藤子は、ハッとして、朝、飛び起きた。 頭のなかに、映像は残っている。 はっきりとである。 銃口を向けられた父親の姿が見えている。 もう一発の銃弾が崇?かどうか?に向かっている。 それを、朝食時に、それとなく父親に告げてみた。 源蔵は、ぎくりっとして、席を立ち、電話をしたり、慌ただしく行動し始めた。 そして、それがどこかを知りたいのだろう。藤子にその周囲の詳しい景色をしきりに聞いてくる。 藤子は、はっきりしていることだけを、懸命に思い出し、答えた。 それを聞いて、源蔵は、また慌ただしく電話をかけまくっていた。 指示を出していた。 手配をしていた。 しかし、遅すぎた、の感はあった。 うなだれる、父、源蔵。 ダメか、逃げるしかない、 源蔵はため息とともに吐き捨てるように言った。 源蔵は、藤子に予知能力のようなものが有るのを感じてはいた。 藤子は、幼い時から、予言めいた妄想めいたことをたまに言うが、放っておくとその通りになることが多いのである。 藤子が2歳くらいのときであろうか。 鯉の泳いでいる池がある日本庭園のような庭を望む、ダイニング(食堂)で、源蔵と、その妻と、幼児用のいすに座っている藤子が夕食をとっているときである。 外は真っ暗である。 何も見えない、暗闇である。 藤子は、突然 お父さん、何人かの人が、誰かがいっぱい鉄砲の弾を撃ってくるよ。 皆に、いっぱい当たって痛いんだよ と、こわごわと言った。 何を言っているのだ、この子は?と源蔵は思った。 ここには、ガードマンが周囲にいっぱいいる。 誰も近づけないよ、と源蔵は思いながら、幼子を安心させてやろうとして、藤子の言葉を一蹴にはしなかった。 藤子を見つめながら、そして、微笑みながら、庭のハロゲンランプのスイッチを入れた(ON)。 昼間以上に明るくなった庭には、自動小銃をこちらに向け、今にも発砲する寸前のヒットマンたちが4,5人あらわれた。 源蔵は、直ぐに藤子を抱え、妻を抱え、テーブルの下に潜り込んだ。 誰も座らない庭に面したソファーが、盾となってくれた。 まぶしくて目をやられたか、目を手で覆い隠しながら、彼らは乱射を始めた。 その銃声に、あわてて、源蔵家のガードマンたちが庭に集結し始めた。 一分もかからないのである。 飛んできた、という表現が正しいのかもしれない。 慌てて乱射するのではなく、慣れたもので、ひとりひとりを狙い撃ちにして、銃声はやんだのだ。 警備隊長クラスのものが、ダイニングに飛び込んできた。 社長、大丈夫ですか? 決して、家族の前では、親分、とは言わない。 隊長クラスは分かっていた。 そんなことでも言ったならば、知らない間に殺され、次の日には呉の港に沈められているであろう。 そんなことも、昔あった。 と、源蔵は回顧する。 本当の話であろう。 銃口を向けられた父親の姿が見えている。 と、藤子は告げた。 源蔵は、心当たりがある。 抗争が起こる。 誰かが、組を、自分を、狙っている。 たぶん、競艇場の利権の件であろう、と、想像はできる。 確かに、広島の競艇場であるのだから、と、広島をしきる任侠会から、倉田一家は利権のかかわる入札からは降りるよう圧力があったのは確かであった。 源蔵は一蹴して、申し入れに来た任侠会の幹部を、酒浸り、女浸りにして河に沈めさせた。同席していた、議員たちは、同様に女浸りにして、美人局(つつもたせ)方式で、スキャンダル写真を撮っておいて、言うことを聞くよう、脅しておいた。 任侠会の幹部は、議員たちを小料理屋に残し、源蔵のところに申し入れに来た。 源蔵は、ある程度の金をその幹部に渡し、市内で遊んで帰るよう、形通りに無碍(むげ)に追い返したりはしていない。 幹部は、小料理屋に戻り、紹介された、市内一の高級クラブに議員たちと出かけて行ったのである。 高級クラブ クレオパトラから、幹部、議員たちが来たとの連絡を受けた。 源蔵は、繁華街に張っていた網に獲物がかかったことを知った。 組の若い衆に指示を出した。 見た目はやさおとこ(優男)であるが、屈強な組の若い衆をクラブのボーイの恰好で二人を入り込ませた。 そして、県内一美人といわれる、ホステス、和恵を、男ならば誰でも欲情するであろう、パックリ胸元、ひざ元が割れたドレスで、クレオパトラに送り込んだ。あとは、広島の組員を欲情させ、暴れさせ、弱々しいボーイに扮した若者に表に出させて、河に沈めさせる。 後は、知り合いの警察官たち、刑事たちに処理させる。 和江が、クレオパトトラに現れた。 広島の組員は、その容姿に、ひとめで虜になってしまた。 妖艶かつ欲情的な、男を誘うその仕草に、酒の力もあり、和江のドレスの股あたりまで手を入れ、なぜまくって、下着の中まで手を入れてきた。 和江は、オーバーアクションで嫌がった。 弱々しいボーイが来る。 コイツ、俺様を誰だと思ってやがる。俺が怖くないのか? 酒の力もあり、気が大きくなるばかりか、状況判断が甘くなる。 組員は、注意してくる、ボーイを掴みだした。 店の外。 ボーイは、帰りを促すかのように、一階まで連れていき、すぐさま、路地に組員の男を連れ込んだ。 そして、いきなり手ごわい組員に変貌した。 広島の組員の口に、女性のパンティーを詰め込み、銃口も口に詰め込み、 是、欲しかったでしょう? 最後に。さっき和江さんにもらっておきましたよ。 と、引き金を引いた。 下着は銃のサイレンサー(防音器)の役目になっている。 静かな、鈍い銃声に広島の組員は路地に崩れ落ちた。 若いボーイは、もう一人の助けをかりて、車に連れ込み、街の中心を流れる、ヘドロだらけの河に男を投げ入れた。 そして、終わったことの連絡を取った。 この河に叩き込まれたら、息あるものも、息絶えるであろう。 崇や、藤子がものごころつくころから、どぶさらい、ヘドロ除去をしている。 どこかの組が仕切っているのだろう、工事は一向に終わる気配がない。 匂いは、街の商店街中にこもっていた。 県の議員などは、クラブの女どもと、系列のホテルに行かせ、遊ばせた。 美人局(つつもたせ)の正式なやりかたでは、やっているところ、部屋に踏み込んで、ポラロイドで写真を撮って、その場で脅すのであるが、今回は、これからのこともあるので、紳士的に対応することにした。 議長クラスの部屋には、源蔵、自らが入った。 他の部屋には、組員が入った。 楽しんでいる最中、開けられたドアに驚き、源蔵たちを呆然と見つめる。 お忙しいところ、失礼いたします。倉田組のものです。 と自己紹介したが、 なんだ!君達は、 俺らが誰だか知っているのか? 只ではすまさんぞ! 怒り心頭である。 そりゃそうだろう、と思う源蔵である。ニヤリと笑みがこぼれる。 失礼しました、店から、店の女たちが、数名の男たちに連れ去られたと連絡がきましたもので、各部屋を調べさせていただいております。 今、警察署員も此方に向かっているとのことです。 あまり醜態をお見せすることもお勧めではございませんので、我々が先に手引きさせていただきますので、どうぞ、付いてきて頂きたいのですが、 と、あくまでも丁寧に誘導した。 全ての議員を廊下に出し、一列に並ばせた。裸ではなんなので、ガウンは着ていただいたのである。 議員たちはホテルの廊下に一列に並ばされて、管理室へ案内された。 中に全員招き入れられた。 そこには、各部屋のモニター画面があり、議員たちの行為は、モニターではなく、録画モードにて、鮮明に録画再生されていた。 各議員のみだらな行為、監視室の組員が、指をさして笑っている。 源蔵は、 今、警察署員がきますが、証拠映像として提出してよろしいでしょうか? 男、(議員)たちを、睨みつけて、威圧していた。 議長格の男が、 倉田さん、今回の映像は勘弁願いたい。 ここにいるもの全員で、あなたのバックアップをしていく所存ですので。 源蔵は、 分かりました。 それでは、ただちにお部屋にお戻りいただきましょう。興ざめでしょう。ですので、ワイン、シャンパンとともに、もう一人女を手配しておきます。 お部屋にお戻りください。多分、もう手配は整っておると思いますので、 と、 組の幹部クラスの男を見た。 頷く。 広島任侠会の男を誑し込むために、議員も誑し込んだので、任侠会に行くはずであった、会場建築の土建利権まで手に入れてしまったのであった。 会場建設はもとより、警備、清掃、発券、換金までの大型の利権である。 それ以降の公共施設の建設に筋道がついたかたちになったのである。 港、空港、橋、高速道路、展示会場、焼却炉、あらゆる利権が怖いくらいに倉田組に入ってくることとなった。 源蔵は、 議員ねえ と少し考える。 幹部を一人沈めている。 間違いなく、任侠会の報復はもう、手はずが整っているであろう。 かなり以前からとも思える。 倉田 源蔵は、香川に(崇の父親)に倉田一家の逃亡を手配させた。 大阪に一時退避する。 ここはひとつ、大阪の友人一家に厄介になり、起死回生を窺うしかないであろう。 周りは敵だらけになっていた。 この機会に、一気に任侠会をつぶすことも考えたが、何を間違えたか、任侠会系の賭場を襲わせたのに、市内のパチンコ屋で暴れた者がいた。 そこは、韓国朝鮮系の聖域である。 決して手を出してはならないのである。 これは、全国広域暴力団より、手ごわい。 力による脅しもきかない。 誰も手を貸したがらない。 一家は、車に乗り込み、急いで広島の駅に向かって行った。 高台の家を出て、商店街に下り、国道を使い、急ぎ広島駅に向かう。海、港の近くから、広島に行くには、海沿いの国道の一本の道だけである。誰でも通る道が同じなのは大変危険でもある。 商店街近くに来た時、ふと、藤子には、崇の姿が車の脇にいるのが目に入る。 自転車でどこかに向かっているらしい。 予知?は、崇にも銃弾が向けられていたのだ。 銃弾は、崇に向かって行くのだろうか? タカシ、早く、家に戻って! 藤子は、車の窓をおろし、崇に叫んだ。 が、しかし、崇には聞こえていない。 呑気に歌を歌いながら自転車をこいでいる。 耳にはイヤホンがある。 音楽でも聴いているのであろう。 外からの音は聞こえていない。 止めて と、藤子は運転手に叫び、車を止めてもらい、ドアを開け、崇に向かって走って行った。 母親と、源蔵は、車に戻るよう、やめるよう、叫ぶ やめろ、出るな、と。 銃弾の向かう先は、それは正確には崇ではなく、藤子。 頑丈な装甲車のような、車から出てきたところを狙われた。 予知?では、銃弾の向かう方向は、崇なのか、自分なのか、よく分からなかった。 弾は藤子の右足膝に当たり、そして2発の銃弾を発射する音。 倉田一家を乗せていた車の助手席から若い男が飛び出していた。 右手に小銃を持って、降りてきていた。 4トントラックが藤子の方に向かってきた。 運転手にもう一発の銃弾があたり、トラックは、制御する主を失い、崇に向かって行った。 藤子は崇をかばった。 突き飛ばしたが、自分が引かれてしまう。 たぶん、左足を砕かれた気がする。 倉田一家は、両足が血だらけの藤子を、直ぐに車に担ぎ戻した。 泣き叫ぶ母親。 窓を開け、叫びまわし、周囲に指示を出している源蔵。 突然、藤子が飛び出してきた。 トラックが銃声とともに、突っ込んでくる。 藤子が自分のことを押し飛ばしたが、藤子が引かれている。 下半身、特に足が血だらけであるとともに、ぐちゃぐちゃに砕けているようだ。 何が起こったのか? あたりを見回した時、崇の父と、藤子の父親が、叫びながら指示を出し、若い衆を動かしていた。 やがて、黒塗りの大型車は、倉田家と崇の父親を乗せて走り去っていったのである。 てきぱきと 動き回るのは倉田一家の若い衆であった。 統率が取れている。 救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く。 崇は、何が起きたのか? 全く分かっていない。 自転車に乗って、買い物に行く途中であった。 買い物の振りをして波を見に行こうと思っていたのである。 ウォークマンで音楽、洋曲を聞いていた。 藤子は、市内の病院には連れていかれなかった。 崇の父、香川の手引きで父親、母親と大阪に逃れ、その逃避先の病院で治療が密かに行われた。が、時間が経ちすぎていた。 倉田家は、大阪の全国的組織暴力団に匿われた。 ここにいれば、死ぬまで何の苦労もないであろう、ただし、いつ死ぬかは分からないのではあるが… 退院して来た藤子である。 しかし、藤子の両足の膝が曲がらない。 後遺症が残ってしまった。 父、母は、リハビリの有名な医院に通わせた。 が、それでも藤子は治らなかった。 両足の両ヒザが曲がらない。 歩くのもやっとのようだ。 それ以来、藤子は外に出るのが嫌で仕方ないようになってしまった。 一応、コネの力に任せてではあるが、藤子を、大阪の有名進学校にいれた。 学校側教員には、大阪と倉田で圧力はかけておいた。 学校としても、見守るくらいしかできないのであるが。 藤子は、何とか、リハビリを受けて、元通りに体を治そうとした。 懸命に痛さをこらえ訓練をしたのだが、両膝が、どうしても曲がらないのである。 膝を曲げずに歩くことは可能である。 しかし、早く走ることはできない。 見た目は、異常に気になる。自分の姿が見ていられない。 年頃の女の子である。 やはり、見た目が変だと、落ち込む。 勝手に、自分で落ち込む。 誰が何と言ってくれても、落ち込むのである。 なんでだろう。 誰の視線も、自分を憐れんでみている。 なんでこんなことに、私がならなくてはならないのだろう? 父を恨み、母を恨み、崇を、周囲全員を恨んでしまう。 そんな、自分をも、恨めしいのだ。 しかし、藤子自体が、かなり弱腰である。 失意の底にあり、誰とも話そうともせず、自暴自棄になっていた。 いじめというより、自分自ら落ち込んでいった。 藤子は、引き籠りのようになってしまった。 人に会うのが嫌で、人に対して、 自分は嫌われていないか? 変にみえてないか? 邪魔ではないか? 気持ち悪くないか? などと、ネガティブなことばかりが気になり、積極的に人にかかわろうという、社交性が失われていた。 常に誰かの、有るはずのない嫌なものを見るような、視線を気にしていた。 自分を自分で追い込んでいた。 肉親でさえも、話すのを嫌がってしょうがなかった。 学校など、行く気にもならなかった。 藤子が、その当時書いた手記である。 実存する悪魔を知っていますでしょうか?別に、魔界から来たとか、そういう者ではないです。芥川龍之介の小説、羅生門とか、警鐘を鳴らしても、減らないのです。なんせ、その時代に生きる者の中に潜んでいます。自分が、悪魔とも思ってもいませんし、ただ、身近な人間が、よく自殺するな?葬式に行くのが面倒だな、くらいしか感じておりません。人がいいように、人格者のように振る舞います。ただ、ただ、人のこと等どうでも良くて、面倒くさいと思っています。人は、自分のために尽くすものであり、自分が何かをするなど、させられる等、考えたこともない人達です。その、優しそうな、ことばを、頼りにすると、絶望に叩き落されます。信じないでください。その、優しそうな、ことばを信じないで、頼りにしないでください。現実世界に、確かに、鬼、悪魔は実存します。身内の死を食い散らかして、自分が裕福、楽であればいいと、思う人はいます。そんな人を頼らないで下さい。信じないでください。 この状況を心配した父親、母親ではあるが、どうしてよいのか、分からなかった。 カウンセラーいわく、 学校にとにかく行かせること、人と関わらせること、それが重要なこと、 とのことだ。 本人は、まったく行ける状況にはないのだ。 両親は、いろいろなカウンセラーに相談をした。 伝手(つて)を頼り、力を使い、ありとあらゆるものを利用し、対応させた。 ありとあらゆる、有名な医師にも相談をした。 いろいろな意見を参考にした。 源蔵は、自分は何でも出来る、そう思っていた。 しかし、娘をどうして良いかが分からない。 藤子とて、周囲の聞きたくもない心の声を聞き、気持ちは落ち込み、どうしてよいのか分からない状況にあった。環境をドンドン変えていくしかない。 突然、藤子が、 私、東京に行きたい。父ちゃんなんとかして、 しばらくしたら、今度は広島に帰る。 源蔵は、香川(崇の父親)組長代行に、藤子と母親の東京行きを準備させた。適当にボディーガードを何人かつけるようにも命じた。こうして、倉田藤子、その母と香川崇の東京生活は始まるのであった。 そして、倉田源蔵は、藤子を、直ぐに東京から呉、広島に返すことが解決の糸口になるのではないか? と、考えるようになっていった。 広島に帰るにはそれなりの準備が必要だ。 源蔵は、香川(崇の父親)にはその旨も伝えておいた。 倉田組は場合によっては解散し、倉田綜合警備保障株式会社とし、組員のしのぎを確保すること。社会保険等あらゆるもので生活を守ること。 ある、県会議員と相談の上、競艇場の人事権をすべて握ること。 競艇場の建設にあたっては、県議に相談、根回しをして、入札、落札を、倉田建設として行うこと。 倉田綜合警備保障の社長は、香川が就任すること。 倉田建設の社長は、倉田源蔵自身が就任すること。 また、源蔵は、倉田組の若頭、現組長代行である香川に、それとは別に指示を出した。 藤子たち、倉田が襲われた当日、その日の倉田たちの行動を把握し、抗争中の対抗する組に密告した裏切り者を探し出し、始末するよう、そして今、自分が身を寄せている、大阪の協力を得て、抗争中の組織、任侠会の幹部全員を、始末するよう指示を出した。  香川、現組長代行は、組の手下全員に、内通者をあぶりだすよう指示を出した。 そして、密告通報、内通者が分かった。 聞いて愕然とした。 自分の弟、崇の叔父であることを突き止めたのだ。 源蔵と娘も含めた、倉田組の当日の予定を、抗争相手に克明に伝えていた。 二人きりになって香川は弟を問い詰めた。 弟は、香川崇の叔父は、広島の任侠会に脅されていた。香川自体の自分の妻をシャブ(薬)漬けにされて人質にとられていたのだった。幹部にしてやると、勧誘もされていたのだったが、それよりも、香川だけでなく、香川の妻、香川の息子、崇そして、その幼馴染、藤子までも一緒に誘拐、殺す計画である、とのことであった。香川と、香川の妻の命と引き換えに、情報を漏らした。 銃をもっているのは崇の父親の方である。 しかし、 銃弾は、崇の父親の眉間を貫いた。 崇の叔父は、その日の内に、現在、呉のシマを握っている、倉田一家も、対抗組織も、その主要組員をかたっぱしから、射殺していった。一日のうちに。 そして、神戸の倉田のもとに向かい、全て片付けたこと、首謀者は香川、実の兄であること、などを告げ、後は自分にまかせて、戻ってきてほしいことを告げに行った。 了承された。 トップは、崇の叔父ということになった。  東京にいた崇は叔父から、父の葬儀のこと、これから叔父と暮らすこと、藤子達も、別々ではあるが、広島に戻ることなどを伝えられた。 理由は話されなかったが、大体のことは分かっている。 父が殺された。 崇は、いつかは、ここに住んでいるかぎり、こんなこともあるだろうと思ってはいた。 だから、現実になっても大騒ぎすることもなかった。 そして、叔父と住むようになった。 叔父は、倉田組若頭となっていたが、実質、倉田組は組長もおらず、香川が、実質的に組長といっても同じであった。実際には、広島市内に拠点を置く任侠会が呉を支配することになったらしく、叔父はそちらの幹部にもなっているらしかった。 伯父は懸命に崇を育ててくれた。 欲しいもの、やりたいこと、全て与えられてきた。 崇は、アメンボウサーファーから、ヨットマンに変身した。 叔父が、崇にヨットを買い与えてくれたのだった。 崇は、知らない。父親と叔父の対決 父は、幼い時から、育ててくれた、倉田への恩義を強調した。 恩義、義理。 とにかく、恩に報いる、それが、男。 しかし、崇の叔父は、これ以上、長きにわたって、何々してやった恩、とか、恵んでやった、とか言われ、いいように奴隷の一人として使われるのが嫌でたまらない うるさいのう、 このまま、ずーっと倉田の下にいるつもりか?兄貴は? 叔父は、言い放ち、引き金を引いた。 叔父の目は瞑っていた。 あとの処理は、新しく叔父付きに、任侠会から来た、二人の若い衆に任された。 叔父はヨットに乗るのを止めた。 自分は阿修羅道に入ってしまった、と感じていた。 もう、二度と、人間らしい幸せなど、自分にはありえない、と ヨットは、唯一の楽しみでもあった、。 できれば、十人乗りくらいでみんなで、出向したかった。 これからの出向は、一人乗りの、三途の川への出航、と感じていた。 崇は、叔父から与えられたヨットにのってみることにした。 ヨットを操る時は、そのヨットが一人用であるから、基本、一人である。 友も、幼馴染も、同級生も誰も寄せ付けない。 一人でカッコつけることが出来た。 一人で大声で叫べた。 一人で大きな声で歌えた。 一人で、妄想に入れることが出来る。 崇は気に入っていた。 ひとりだけの特別な空間。 海の上の風の空間。 学校にも行かず、というか、前から行ってないので、目立たない。 海にヨットを乗りに毎日通った。 担任が、できた人だった?というより、自分もヨットが趣味であった。 崇を学校に連れ戻すという名目で、こちらも、毎日海に行って、ヨットに乗っていた。そして、補修という名目で、崇に、ヨットの技術と学問を教えていた。 崇は、お陰で高校にも入学できた。 メキメキと腕を上げ、高校に入っても、直ぐに有名なヨットマンになっていた。 中学のヨット好きの担任は、崇が卒業してしまったので、海に行く理由を失い、学校にも失望し、中学の教師を辞めていた。 関東の湘南というあたりで、ヨットスクールなるものを、開校しているらしかった。 崇は、高校生になっても、雑誌などで、ヨットとファッションを、メンズ雑誌、女性紙に掲載されていた。 もちろん、中学の折から、サーフボードを面倒見てくれた店にもよく顔を出し、そのセレクトしたファッションの宣伝をした。 その人気は全国区になっていた。 地元でも、一人で外を歩けないくらいの人気者となっていた。 市とか、県とかではなく、全国的にメディアで紹介され続けていた。 崇も、それを望んでいた。 全国版であれば、藤子は、どこかで見ていてくれる。 倉田藤子は、大阪の流行メンズ雑誌で、倉田崇の姿を見ていた。 藤子は、以前から、どの雑誌が、崇をフォローしているか知っていた。 その雑誌を欠かさず買い求めていたのであるが、高校になってから、やたら雑誌の数が増えているように思うのである。 買い集めるのも大変になってきた。 溜まって仕方ないものは、学校で配った。 級友たちは、こんなものに、一応興味はあるのだ。 とまじまじと、見られてしまうのだが、収めるところがなくなれば、新しい雑誌が買えない。 最新の崇が見られない。 崇は、あまりにも、女子高生に人気がありすぎる。 知り合いなのが、信じてはもらえない。 クラスで、よく雑誌をうけとってくれる、おとなしそうな、女子が、藤子に、聞いたことがある。 香川崇とどういう関係なのか?と 幼馴染で、毎日海に行っていた と答えた時などは、妄想癖だとうわさが飛びまわった。 崇は、藤子からの連絡を待っていた。 超有名人となってしまっていたが、全国区の雑誌に掲載されているだけで、人気は全国区ではなかったかもしれない。藤子は見ていないのかもしれない。 あれから、連絡も何も無いのだ。 ただ、ただ、県内では超有名であることには間違いなかったのだが。 崇は、藤子からの連絡を、ひたすら待ち続けているのだ。 崇は、最後の事故が未だに気になっている。 自分を守るために藤子は犠牲になったのではないだろうか? 予知のせいではないのか? そんな犠牲がいることって、あるのか? 藤子は、足をやられていた。東京で元気になったことまでは知っているのである。しかし、 いま、歩けているのであろうか? 何も情報が無い方が、どんどん悪い想像になってしまっている。 だから、誘われるメディアには必ず、オファーを受けた。 崇は、なりふり構わない目立ちがり屋、とまで言われるようになっていた。  イヤミは、人気者になれば、どうやってても言われる。 県内、どこの高校でも、女子は、崇の情報と、写真を追い求めていた。 同級生の撮った、崇のヨットを操る姿、 ファッションをきめてポーズをとる崇の写真は高値で取引されていたようだ。 だから、崇はそれもあって、人を寄せ付けなかった。 また、そのニヒルさが、魅力となっていた。 崇、高校転校、そして二年生の時のことである。 とある十月の文化の日の前、 土曜日 崇たちの高校は休みではあったが、同級生5人で、広島市内にある、広島県いちのお嬢様女子高の文化祭に行くことになった。 崇の同級生たちは、崇を連れていく約束で、かなりの利権をえているらしかった。 めんどくさいから・・・ と、行かないを決め込む崇に、 そうはいかない と、凄む仲間?達。 彼らとしては、崇に合わせてくれれば、つきあってやる、 とか、 女友達を紹介する とか、 いろいろの好条件をだされているのである。 いずれも、確約しているらしいのである。 俺らだけで行ってみろ、殺されるわ。 交通費 実費 出します。 昼飯付きです。 来てよ。 頼むわ。 崇にとって、何が面倒くさいかというと、ファッションである。 ここまで、自分でも意識するくらい、注目されていると、着ていく洋服のセンスを問われるため、いい加減には済まされない。 無い場合は調達に行かなければならない。 この町でファッションを調達することほど難しいことはない。 無いものはないのだが、宣伝のため、と言っては これを着てくれ と頼まれてしまう。信じられないようなセンスの洋服である。 自分のセンスを疑われかねないような服装である。 自分でコーディネイトをして、何とか着こなしてみるのである。 崇は、自分の着る黒い学ランは、ブレザーを意識している。 本当は、ブレザーが着たいのではあるが、学校が許さない。 サイドベンツをやめ、センターベンツにしてあり、丈もそこそこ(超が付くほど長すぎず、超がつくほど、短かすぎず)である。 この町の学生服ときたら、超、長めの丈に、襟まで超、高くしてあって、のどが苦しいうえに、上着の裏地の柄が、ミレーの 落穂ひろい 絵画である。その感覚、センスがどうにも受け入れがたいのでる。 もうちょっと、セレクトしてほしい、と願うのである。 ここは、嫌みにそういうの着てみようか? 多分、途中で、身ぐるみはがされるだろう。 そして、その上、それらを売っぱらうだろう 香川 崇は自分のクローゼットにある学ランを着込んで、バス停に急いだ。 バスで三十分。 呉の駅ホームで待ち合わせ。 一時間に一本の呉線広島行きに乗る。 実際の表示は、宮島行きではある。 宮島駅は、厳島神社、船着き場対岸の港である。 普通に、参道入口のようである。 崇は、この呉線が大好きだ。 海岸線をずーと通るのである。 夕方、広島から呉に向かう電車からは、夕日がユラユラと波の上を煌めく。 景色を眺める。 ウォークマンで音楽を聴く。 景色には、ピアノがよく合う。 しかし、クラッシクは聞かない。クイーンとかである。 そんな車窓が崇も藤子も大好きだった。 そう、藤子も好きだった。 あの事故の日、ぼくは、クイーンを聞いていた。 広島駅からは、日本では、今では大変珍しい、路面電車に乗り替えて女学校に向かう。 という手はずだそうだ。 おーい、お昼は? と言いたかった。 女子高の手作り何とか、と何とか、などと、かなりのボリュームでB級と、甘味の食べ歩きがまっているらしいのだ。 行かなければいけない模擬店の数は、途方もなく多そうであった。 崇としては、せっかくの広島駅なので、 武蔵(むさし)のウドンと、おにぎり とか、 みっちゃんのお好み焼きとか、 食べたいのにな、と、思うのである。 崇は、ウドンに七味唐辛子をいっぱい、てんこ盛りにかける癖がある。 藤子と、幼児のころから、量のかけ比べでいつも食べていた癖がそのまま続いているのだ。そして、お好み焼きのトッピングは、 ウドンか? ソバか? と聞かれるが、崇は、どちらも入れないのが好みである。 ソバは焼きそば、ウドンは焼うどんで食べたい口である。 トッピングは、イカ天、豚、玉(子)である。 イカ天とは、駄菓子のイカの姿をした、のしイカに衣をつけて揚げたテンプラお菓子のこと。お好み焼きは、関東のもんじゃ焼きと同じで、発祥は駄菓子屋さんである。 その中央の鉄板でこどもたちが食べていたのである。 イカ天は、本当の烏賊の天ぷらではない。 駄菓子である。 が、焼くと柔らかくなる。 本当にイカは使用しているので、イカの味はほのかにしてくる。 などと路面電車からの広島市内の景色を眺めて考え込んでいるうちに女子高前に到着した。 崇は、友人たちにせかされて、いやいやのように路面電車の席を立ち、道路真ん中の駅、停車場に降り立った。 ビジネス街?を通り抜け、 平和公園を左に見て、こんもりとした森のみえる丘の方に向かった。 女子高の正門だ。 文化祭用に派手なキラキラお花飾りの施された門だ。 倉田藤子は、大阪から東京に転校し、広島に戻ることとなった。 父親の仕事?の関係で 呉の抗争、その後、関東以西で、最も狂暴といわれる倉田組が動かないのだ。 神戸としては、いともたやすく広島を手に入れた。 倉田組を傘下として、そのまま広島のシマを任せた。 倉田組は復活した。 実際には、全国の巨大組織としては、広島にうまみがない、というか、厄介なのだ、といわれている。 全てが、昔から軍が絡んでいる。 町で遊んでいるのは軍関係者、自衛官、基地関係者と軍に絡んでおり、また、警察もそうだから、ヤクザより、たちが悪いとされており、見わけもつかない。 賭場は、競馬場とか、競輪とか、会場に金がかけられないし、実質の許認可をアメリカ軍が握っている。 海が近い、を利点として競艇場しかできない。 その建築と利権をめぐって、倉田組は抗争に走ることとなったのである。 市内はパチンコ屋だらけではあるが、こちらは韓国朝鮮系に牛耳られており、日本人は手が出せない。大阪などの組は、近づけもしない。 おまけに、軍人上がりの屈強な狂暴な組員をそろえる倉田組がある。 どこも呉市に手出しなどできなっかたのである。 内部での裏切り抗争に便乗するしかないのではある。 しかも、それに見合う上がりもない。 話は逸れたが、藤子の入学は、かなりのコネの力であった。 しかし、女学生の学園生活にいたっては、ヤクザくらいでは親の力は及ばない。 それで、藤子の場合であるが、本人が、手負いであるため、イジメは容赦なくおそってくるものであった。 藤子へのイジメは、組長の娘であるにも関わらず、凄惨を極めたのである。 一年生の最初から入ればよかったのだろうが、途中転入の形になってしまった。 転校生 両足の不自由な娘。 藤子は、両足の膝が曲がらない。 歩くにも、運動するにも不自由する。 クラス中が獲物として藤子をみていた。 先生などは、その娘がヤクザの娘であるがため、余計にイジメの発覚を恐れていたのである。 転校してきてから、誰も挨拶などしない。 そんなのは、可愛いもんだ。 ブス、かかし、死ね、ゴミ などと落書きされた藤子の教科書。 そしてノート、びりびりに破られたものもあった。 切り刻まれてしまった体操服。 通常来ている服装とか、表面に目立つものは狙わない。 ペンキでの落書き、画鋲だらけの校内用の内履きに、体育館用の体育館シューズ、 と、やりたい放題である。 限度を知らない。 動物本能のまま、弱いものいじめである。 弱っていると分かると、さらに、殺しにかかる。 しかし、うまく隠されている。やはり誰か、黒幕はいる。 黒幕は、戸山 幸恵 父親は、今は、県会議員であるが、前身は医者である。 県内の進学校から、県内の国立大学、医学部に入学し、教授の地位をつかみ、県医師会、全国医師連の推薦を得て、県会議員に立候補し、トップ当選した。 エリート中のエリートといえる。 この町では、頭脳、学力か、腕力か、どちらかに、秀でるしかない。 戸山は、懸命に勉強し、学力に秀でた。 戸山の父は、幸恵が最初の子供であるから、甘い、甘い。 この子のためなら何でもしただろう。そして、そうしてきた。 母親も、幸恵が小さく未熟に近い状態で生まれたため、幸恵にたいしては、勉強、教育、躾け、など何にもいらない。 と考えている。 ただ、健康であってくれさえすればそれで良い、 と、相当な甘やかしぶりであった。 戸山家は、幼稚園から、この学園に幸恵を入れている。 相当な寄付金も積み重ねている。 勿論、PTAの会長として、学園長より、権力をもっていたのではないか、とも思われる。 藤子が来るまでは、これくらいの親の力も、議員ということで、そこそこあり、勉強もそこそこでき、そこそこ美しいときていた、そこに藤子がやってきた。 倉田?どこかで聞いた名ではある。 それは、父親が最も恐れている人物の名 藤子は、東京の有名な進学校からの転入である。 かなり美しい。 両足が不自由そうで、同情をかおうとしているようにみえてしまう。 薄幸の美女。 戸山幸恵を中心に、クラスの女子は徒党を組み、いじめに励むことになる。 幸恵には逆らえない、などとうそぶき、自分の優越感を満たしている。 本人たちはいじめとは思っていない。 面白いことをしている、という遊び感覚である。 また、そのうえ、というか、藤子は、世をすねたような、何の気力も関心もないような態度がある。昔では考えられないような性格になっている。 それに、抵抗もしない。 本人の態度が、相乗効果を生む。 イジメは、どんどんとエスカレートして行くばかりなのである。 十月の、とある朝一、 ホームルームの議題 次のように黒板に日直により、表記された。 きたる文化祭で何をするか?を決める 分担を決める 何をするか 模擬店 今、テレビニュースでも話題の渋谷のクレープ屋 分担 調  理 戸山 幸恵    道具調達 戸山 幸恵    材料買出 四名    接客   五名    経  理 戸山 幸恵    呼び込み 接客 倉田 藤子    衣  装 戸山 幸恵    宣伝広告 二名 これにより、藤子は文化祭、当日、衣装係の用意したバニーガールの衣装を身に着けさせられ、顔はピエロのメイクをさせられた。 店の外、校内で、自分のクラスが賄っているクレープ屋のビラを配り、呼び込みをさせられることとなった。 最初は、校門近くあたりから始めさせられた。 教室から出るのをためらっている藤子にたいして、無理やり外に連れ出した。 両腕を数名につかまれ引き釣り出される。 香川崇は、同級生5人で、広島市内にある、広島県いちのお嬢様女子高の文化祭に行った。 派手なキラキラお花飾りの施された門だ。 と、ここまでは、他の四人が崇を取り囲んで、ガードになっていたのではあるが、待ち合わせの約束でもしてあったのか?門前に着くなり、数人の塊の女子軍が寄ってきた。 四人は、バラバラに約束された方角の女子に挨拶し始めた。タカシを自慢げに紹介しようとした。 その時、隊列は崩れた。 崇が、丸見えになってしまったのである。 あーっ、香川 タカシだー! って、もうばれてしまっている。 その声に、他の四人が崇を取り囲み、隊列を直そうとした。 のだが、甘い女性の声で、自分たちの名を呼ばれ、また、そちらに崩れて行ってしまった。 タカシの方に、多くの女性、女子高生が殺到する。 どこかに追いやられる崇の四人のガード達。 その中で、崇はだれかを見た気がした。 目があった気がした。 彼女だけは、他の群がる女子高生とは別の方向へ逃げ出した。 あきらかに、逃げ出した。 プレーボーイモデルの黒いレオタード、顔は、鼻の頭と唇を赤く塗ったピエロ。 崇は、群がる女子高生を押しのけて、その娘をおいかけて、走った。 逃がしてはいけない そんな気がしていた。 ますます、学内に混乱を招いていた。 タカシの人気はすごかった。 いろいろ便宜を図り、崇に合わせてあげるという約束をしていた崇の友人四人組は、校庭のどこかに追いやられていた。 女子高生はタカシに殺到する。 まずい、見失ってしまう 崇は、その目と手で、黒バニー姿の娘を追った。 あまり逃げ足は速くないようだ。 足が膝から曲がらないのか? 逃げ足は遅い。 やすやすと追いついた。 そのピエロに化した顔を見つめた。 周りには女子高生が山のように取り囲んでいる。 崇は、捕まえたピエロに化けた女性を抱きしめた。 強く、強く、もう逃げてしまわないように、強く抱きしめた。 藤子(トーコ)・・・ 帰ってきてたの? なんで、教えてくれなかったの? 顔を見つめる。 まぎれもなく、倉田藤子である。 中学生の時よりは少し大人びてきている。しかし、現代風の化粧っけはない。 ピエロのメイクで元の顔が、あまり分からないではあるのだが。 崇にはわかったのだ。 藤子である。 周りの女子高生から、悲鳴とも、罵声ともわからない叫び声が上がる。   ショック!   なに、あれ   なんで倉田 殺してやる 離れろ! ありとあらゆる野次と罵声を浴びる。 ここが、県下一のお嬢様学校なのであろうか。 どういう躾けをしたら、こんな生徒ができあがるのだろうか? 藤子は、かよわく、横を向き、崇を押し戻した。 周りを気にているようでもあった。 そこに、戸山 幸恵が、周りの女子をかき分けるように近づいてきた。  倉田さん、お知り合い? ご紹介願えません? と、藤子と崇を交互に見つめた。 藤子には特別きつい視線ではあった気がする。 藤子は、崇の腕を振り払って、  こちら、幼馴染の香川 タカシくん、で、 こちらが、戸山 さちえさん。ここのクラスメイトなの。 と、幸恵に崇を紹介した。 タカシは、  香川です。初めまして。倉田藤子の幼馴染。中学、東京の高校まで一緒だったかな? あのさ、俺、藤子大好きなんだよ。 生まれた時からね。 藤子いじめたら、僕が只ジャおかない。覚悟して・・・ 周りの女子にも、はっきり聞こえる声で崇はおおきな声を出した。  そんな、いじめるなんて、 幸恵は、藤子を睨むように見ながら、  いじめ、なんてこの学園にありませんよね 周りにも聞こえるように、言い放った。 タカシの周りに集まっていた女子が、そろそろと解散して離れていく。  それでは、また と、幸恵は言葉を吐き捨てるように、去っていった。 幸恵は、藤子をずーっと、睨みつけて、去っていった。 藤子は、崇に、  明日から、また、つらい日が続くな? なんで、あんなこと、言っちゃったのよ? つぶやいた。  やっぱ、いじめられてたんだ・・・ 藤子らしくないな。 両手で、藤子の両肩を、ぽんぽん、と軽く叩き、  明日から、放課後、僕が、毎日、迎えに来てやる。 いじめられたら、ちゃんと言うんだぞ。 と、崇。  バーカ、ガキじゃないわい。 と、藤子。 倉田藤子に笑顔が一瞬戻った瞬間だった。 瀬戸内の島々に沈む夕日のように。何処か一瞬。 優しくまばゆい。そしてやさしく緩やかになる。一瞬ではあるが・・・・ 次の日の下校時から、ちゃんと崇は、藤子の学園の前で、藤子を待っていた。 昨日は、いろいろなことが起こった。 一緒に行った仲間は、帰り4人はバラバラであった。 崇が、学校一の嫌われ者と抱き合っていたこと、女友達を紹介されなかったこと、約束の模擬店にいけなかったこと、など、女子側と、もめにもめたらしいのだ。 憔悴しきっている。 二人は、昨日の話を中心にしゃべりまくった。 お互い、ののしりあうようにしゃべるのが、昔からのストレス解消法である。 あくまで、二人にとってはである。 藤子は、ふと考えた。 来てくれるのは本当にうれしい。 本当に毎日だと、呉から広島、広島から呉と電車賃だけでも大変だろうに。 いつか、お返しします。 これを境に、藤子にたいする、物的いじめはなくなった。 昔からの友人のように、藤子に寄って来るものまで出来た。 そのうち、電車賃など崇が困ったなら、 お金のことなら、いくらでも、何とでもしてあげられます。崇さん。 と藤子は思った。 しかし、毎日有名人の崇が、自分を迎えに来ることは、周りの目がかなり気になる。 もしかして、毎日のくだらない女共のいじめより、これはこれで、辛いかもしれない、とも思ったりもした。 もしかして、これは、じつは崇の私への復讐? 昔、私がイジメてた仕返し、いじめ?なのかと少し、視点のちがうことを考えた。 そんな考えは、隣で無邪気な笑顔で海のことばかり話している崇をみていると、 バカなこと、 あり得ないこと、 と吹き飛んでしまう。 ただ、この学園のどこからか、きつーい視線をかなり浴びているのは確かである。  タカシは藤子に何でも話してくれる。 藤子を待っている間に、自分が何と本を読んでいること。 気象学 地球物理学 等 タカシは、どうでもいい大学に行くくらいなら、気象予報士になりたいらしい。 その勉強をしているとのことであった。  気象予報士? 詳しく聞いてみると、単純・・・・  いつ、どのような条件で、瀬戸内海のこのあたりに大きな波がくるのか? 風は、どんな時にどちらからどちらに吹くのか? それだけが、知りたいだけであった。 藤子は聞いてみた。 ヨットマンで有名な崇にたいして、 藤子にとっては、崇は、いつでも、おおきな波を待っている、サファーなのだ。  タカシは、サーフィンやめたの? えらくヨットで有名じゃない? 藤子に聞かれ、タカシは、  波が来ないんだ。 藤子の前で、乗って見せたい波がこないんだ・・ さみしそうに答えた。  叔父さんがね、ぼろぼろの一人乗りヨットをくれたんだよ。 少しの風でも、すーい、すーいと海を走るんだぜ。 気持ちいいんだ。 お金ができたら二人乗を買って、藤子を乗せて、沖の波と風を一緒に感じたい。 そう、ずーと思っている。 少し寂しそうに、後悔しているようにつぶやくように言った。  藤子は、  私はね、一緒にのりたいとは思ってないよ。 崇は、絶句した・・・・ だって、私、泳げないもん。 崇はさ、昔から、波なくても、海の上で、ひっくり返ってるじゃない? こわいよ。 でもね、一度はのってみたいな。 ヨットなら。 ずーと遠くの海の果てまで連れてって欲しい といった。 そう願った。 タカシは、ちゃちゃを入れるように、  知ってますか?藤子さん。 ここの海のむこうは、四国ですよ。 海の果ては、四国ですよ。 果てないのです。 四国ついて、お遍路さんでもしますか? 昔の崇と藤子の会話のようなものが、戻ってきた。 そんな気がする、いや、揶揄う(からかう)タイミングが逆転している。 そんな気がする。 それでも、二人は ずーっとこのままでいたい。 このまま、時間が永遠に止まればよいのに、と思える瞬間(とき)。 藤子は、  相変わらず馬鹿じゃないの。 気象の前に地理も勉強しなさいよ。 この先は、四国に着く前に、江田島という島に着いてしまうのですよ。 右に行けば、宮島です。 左にいけば、大久野島?大三島?だっけ。 藤子も、昔に戻った口調で、崇とやりあっている。  見つめ合う二人 、自然に涙があふれてくる。 二人は、離れたわけではない。 別れたわけでもない。 お互いが心配で仕方がなかったのである。 しかし、連絡をとってみてよいものなのか?いやがられているのではないのだろうか 会いたくて、会いたくて、その方法が分からなかったのだ。 連絡をどのようにとってよいのか、分からなかったのだ。 ただ、ただ、会いたかった、そばに居たかったのだ。 今までの悲しみを全部吐き出して、お互い、受け止めて欲しくて。 崇は、両手を藤子の両肩に置いた。 藤子の顔を見つめる。 顔全体が、夕日に映える。 髪は風にそよそよと、なびく。 やっぱ、鼻は赤く塗らないほうがいいよ と、話すと同時に、藤子に平手打ち一発くらった。  バカ。辛かったんだ。 我慢していたわけではない。 ただ、ただ、大粒の涙があふれだす。 本当は、でも、周りのみんなの方がつらそうで、言えないよ。 辛い、悲しいなんて、そんなこと。 崇は受け止めた。藤子の気持ちを。  早く言っちまいなよ。 皆、分かっているんだから。 一人で抱えないでくれ、と思っているのだから。 言ってもらったほうが、藤子が我慢している姿をみているよりは楽なんだ。 がまんしているのを見守るのは辛いんだ。 全て、吐き出してよ。昔のように。  そんな中、二人の周囲の状況、事態はどんどん悪化しているようだ。女子高の門外の林の木立に、隠れて二人を見つめているひとつの影。 誰かは、分からない。 中年の男であることまでは、分かる。 ある程度、二人の様子をうかがうと、安心するのか、納得するのか、消え去ってゆく。  女子高での、藤子に対するいじめは、収まったかにも見えたが、風船のように爆発寸前で、秘密裡に準備され、溜め込まれているようだった。 ますます、エスカレートしてゆく兆しもある。 崇との文化祭での一件を、苦々しく思っている輩もいる。 反撃の準備を刻々と準備しているのである。 最初は、教室の入り口に仕掛けられた黒板けし、とか、椅子にばらまかれた画鋲、など、  藤子は、崇と再会して以来、予知能力の封印がとけたのか? というように、徐々にではあるが、芽生えてきた。 いたずらは見えているのだけれど、完全に避けてしまうと、 お見通しですよ、 を決め込むと、余計気持ち悪がられ、いじめもエスカレートしていくであろう。 藤子は完全に回避をせず、ケガの軽い程度に受け流していた。 しかし、それはそれで、やはり首謀者がいる限り、エスカレートしてしまう。 ハサミが突き刺さったお弁当箱。 まだ、かわいい前兆である。 藤子の父、倉田源蔵のこと、抗争事件のこと、が書かれた昔の新聞記事を学園中にばらまかれた。 そして次には、 香川 崇の父親の、ヤクザ同士の抗争事件の新聞記事、そして、殺され組員、 という、昔の新聞記事を、やはり学園中にばらまかれた。 藤子にたいして、通りすがる生徒の、恐怖に満ちた視線。嫌悪感を抱いた視線。 こわー、 出ていけ、暴力団、追放 なんでこの学園にいるの? 一日中、ののしり続けられている。 しかし、放課後には、門の外には、崇が迎えに来てくれている。 そのはず。であるが、外で藤子を待っている崇に話かけている先生たちの姿。  生徒が怖がっているので、もう、ここには来ないよう、 注意勧告されているようだ。 藤子が近づいていく気配に、先生たちは解散し、ちりじりに去っていった。 そして、もう一つの影、崇は、門外の林の木立の影から、のぞき見するようにしていた影も去っていくのを確認できた。  そんなこんなの放課後が、1週間くらい続いた。 崇は、藤子に、  もう、来るのやめるわ。騒がしくなってきて迷惑かけてそうだし。 この日が最後になるであろう、二人は感じていた。  最後と思えるその日に、崇は、藤子に言った。 来週の水曜日に、大きな波が来るんだ。 なに? こんな時に波の話? 藤子は、気をそがれた感がある、 今、台風が四国にむかっているだろう。四国に上陸したとたん、温帯低気圧になって、九州に抜けるんだ。その時、危険の少ない天候、晴天で、波が起こる。 何時もの海岸に1時には船を出しておくから。 二人乗りを借りておいた。 俺、待ってるから。 ずーっと待ってるから。波が来るまで。  藤子は、強く頷く、 苦笑いもある。 波が来るまでね 林のだれかの影は消える。 崇が家に帰った時、いつもと雰囲気が違うことに気づいた。 誰もいない? 叔父は? 帰ってこない?そう感じた。 食宅のちゃぶ台の上に、一通の茶封筒が置いてある。 取り上げて、中から手紙らしきを取り出し、それを、崇は読んでみる。 表書きは、 崇へ、 父親代わりの叔父の字である。 中身を改める。 三つに折りたたんであった便箋を開く。  崇へ 私は、しばらく旅に出ます。 戻ってこないかもしれません。いや、戻れないかもしれません。 当面の生活資金はM銀行預金に入れてあります。 なぜ、出ていくか。 また、この町で、ヤクザ同士の抗争が始まります。 原因は、倉田源蔵が戻ってきたこと。倉田組が勢力を取り戻したこと。 そこで、なぜ、私がにげだすのか? 前の抗争で、倉田家の行動の情報を対抗する組に漏らしたのは私です。そしてなにより、愛するあなたの父親を殺したのも私です。なぜ、ただ、そうしなければ香川一族全員殺される運命にあった、としかい言いようがないのですが・・・。このままでは、私が殺されるどころか、あなたも、藤子ちゃんまでも被害が及びます。別れるのは残念ですが、あなたが町中のスターに育ってくれたことは、愛する兄へのせめてもの償いと考えます。 君の母上は、私が殺したことにしており、現在は、東京の立川市にいらっしゃいます。 場所は言わないよう言われてますので、ご容赦ください。 それでは、貴殿の今後の発展を楽しみにしております。かしこ 叔父の衝撃的な別れの文章である。 叔父が父を殺した? なぜ? 倉田組がまた、抗争にまきこまれる。 そこで、藤子の運命はどうなるのだ。 崇の頭の中は、思考が、混乱してきている。 以前の抗争で、殺されかけた崇にかわり、藤子が重症を受け、ひどい後遺症が残った。 こんどは?だれ?抗争の首謀者は、何のために。  首謀者は? これには、戸山幸恵の父も絡んでいた。 藤子の父も絡んでいた。 全国でも珍しく、この町は、全国大規模指定暴力団が仕切っておらず、昔からの強い組、ただひとつ、倉田組のみで仕切っている町。 警察署、県議上層部こちらは、いつもとかわりなく 暴力追放、暴力団のいない町 が スローガンである。 いままでは、誰も本気に考えてなんかいなかったけれど、今回は組長自身が絡んできているのだ。 もしかしたら、見た目だけでも、建前だけでも、可能になるかもしれない。 そうなれば、本当に、世にも珍しい、暴力団追放の町となる。 警察署長は全国的に有名になり、本省で出世するだろう。 いろんな県を動かす人物の利害が一致しする。 それも、組長が絡んでいるのである。 実現可能である。 なぜ、倉田自身の組長が、からんでいるのか? 内部で抗争をおこし、跡目争いの様相で、各幹部間で戦わせる。そして、組を弱小弱体化し、他の組に取って代わられないよう、倉田、自らの暴力団を解散、一掃をする、実にたやすい。 しかし、源蔵は、指示しておいた香川の弟が、姿をくらましてしまったのだ。 仕方なく、先の抗争で、取り潰しておいた広島の任侠会の面々に出世を餌に指示しなおし、計画を練り直していた。 傘下にうじゃうじゃと小規模ながら、チンピラ、鉄砲玉が集まるちいさな組も、もうない。取り潰しておいた。 蓋がとれて、次から次に対抗する強い組が出てくることもない。 先の香川に話をつけさせてある。 倉田は、議員に立候補する。 暴力団を一掃した立役者として、イメージアップを図り、選挙に有利に働くであろうと考えていた。 戸山は、いろんな便宜を県議連、議長、から図ってもらえる。衆議院議員も夢ではない。 しかしながら、この町は、そんなに単純明快な人間ばかりではないのだ。 倉田源蔵も狙われている。利害に関係なく、ただただ、義理人情で動く人間がいる。  崇に会ってから、その予知能力が再度芽吹いてきた藤子は、自分の父親が襲撃されるのを予知をすることになった。 藤子の予知をもとに、逃げ回ることになる倉田一家である。 そして、またしても、襲撃されることになる。 しかし、今回、標的には、香川一家、崇などと、藤子などはふくまれていないようだ。 それらの身近な危険な予知は出てこない。 藤子は、何時もの海、砂浜で崇に相談した。 また、未来が見えてきた。 崇は、藤子に、やさしく 藤子、もう、未来なんて見ないように出来ないか? 僕は、藤子の未来も、自分の未来でさえも知りたくないな・・ 見ないようにしても、それでも、見えてしまうのは辛いよね。 でも、たまにしか見ないのなら見なかったことにするのが、俺流。 僕は、今、この瞬間が、止まってくれればいいのに、そうしか、思っていない。 未来、明日のことさえ知らないでいい。 ここにとどまっていたい。 ただ、たまにしか見えないのであれば、見なかったことにしよう。 それって、相談の答えになってる? 藤子は崇に言った。 崇、 やっぱり。 藤子が俺に相談するなんてこと、なかったから、受け答え方がわかりましぇーん。 それよりか、ず~っと気になっていました。 予知能力とかではなくて、藤子には、テレパシーの超能力がある気がするんだけど。 俺の頭の中で、よく、藤子が叫んで、怒ってるんだよね。 多分、どっかで叫んでるんでしょう? 全部、ガンガン聞こえちゃってます。頭割れそうに痛いので、俺としては、その能力も封印してみてください。 念をこめると、もしかしてしゃべらなくても相手に通じてしまうんじゃない。 それって、洗脳にもなるから、武器だね。超能力人間だ。 うるせい、殺すぞ!って、今言ったでしょう。 念をこめると伝わる能力みたいよ。 と、崇。 直ぐ変えられる予知なんて、子供の夏休みの絵日記の予習じゃないんだから、気にしないで、なかったことにして、注意だけするようにしとけばいいんじゃないですか? それより、超能力者、超、カッコいいんですけど。 そのうち、僕も操られてたりして。 崇の考えていることが、明白に分かってしまった。 知りたくもない幼稚な思い。 藤子は、もう一度、心で叫んでみた。 テメー 崇が言う。 すみません、です。 崇の思いが分かってしまった。 藤子は、たまにの予知は、予定くらいにして、放ておこう、やめておこう。 崇に打ち明け、相談をし、珍しく、解決したような気がした藤子であった。 この街では、暴力一掃どころか、いたるところで、発砲事件、刃物による殺傷事件が頻発し始めている。一党支配ではないが、一組支配がもう機能していない。 警察署ロビーで発砲事件が、起きたのだから、警察面目丸つぶれにもされている。 すべての組織内の関係が、入り乱れての抗争となった様相だ。 藤子の予知  水曜、午後、倉田源蔵は襲撃され、命を落とす 一応、崇に言われたように、無視しようとも思ったが、父親の件なので、と、藤子は、父、源蔵には伝えた。 駅であること。 電車の中であること。 なんとなくではあるが、そこの部分は伝えていなかった。 源蔵は、藤子の不思議な力を信じている。 幼いころから持っている不思議な予知の力。 そして、予知は回避できることも知っていた。  水曜、午後1時の新幹線にて、倉田源蔵一家は、大阪にまたしても向かうこととして、準備は進められた。 藤子が、崇と海岸で待ち合わせをして、ヨットに乗せてもらう日である。 波が来る日、である。そう信じている日である。 予知もできなくなっている。 見えないのである。 崇の言う通り、未来を無視し続けてきた。 崇がずーっと待っていた大きな波が来る日。  藤子には、予知が現れない。 たぶん、命には関わることはないのであろうが、そこには行っていないのであろう、と思われるのである。 広島駅 新幹線乗り場 上り 倉田一家は、グリーン車の入口を待つ、乗り場の列近くにいた。 ホームにちゃんと並ぶ列の印とラインが、引いてある。 新幹線ホームであるからであろう。 一般の、在来線ホームに至っては、止まる列車の扉位置は、書いてあるのだが。 しかし、人は、並んではいない。ホーム横一列になっている。 何処からでも、乗ってやる、 という並び?方である。 整列乗車する、都会の人たちであると、乗れないかもしれない。 また、飛び込み乗車は、おやめくださいなどと、放送しない。 だってですよ、飛び込んでも、走りこんでも乗らないと、次の電車は、1時間後なのですから。 よく、新幹線で、都会から帰省して、在来線に飛び乗るのを躊躇う方、居るんですけど、絶対後悔します。 1時間ないんです。 つぎの電車は。 倉田家は、簡単最低限の荷物しかもっていない。 あわてて、出てきたのであろう。 最小限のトランクなどを持っている。 ごく少量に抑えてあるようである。 動きやすいように。 黒いスーツに、黒いサングラス、黒ずくめの4人の集団が、階段を走り上ってきた。 いかにも、という服装である。 彼らに、ファッションは、関係ないのであろう。 暗黙の制服、作業服なのだ。 ホームへの階段を登り切り、現れ、あからさまに、右手に短銃を握り、倉田家を目指して走ってきた。 藤子は、駅に向かう途中でも、父、源蔵が襲撃され、眉間を銃で打ち抜かれる予知、が消えないのにおびえていた。 やはりこのことは、起こるのだ。 流石の父も回避できなかったか、と思った。 これであった。 一家は、グリーン車列から走って離れ、前方向に逃げた。 黒ずくめの4人の集団は、やはりこちらを追ってくる。 列車発車の合図が出たところで、藤子たちは、適当に列車に飛び乗った。 しかし、1人には追いつかれてしまった。 発砲する寸前のところであった。 彼の銃をもつ手が、新幹線の閉まるドアに挟まれた。 アナウンスが響く。 閉まるドアにご注意ください。 銃口は、こちらを向いている。 男は、2、3発引き金を引いたところで列車を離れた。 というより、手を離さなければ列車に引きずられることになる。 ドアには、挟まれたままの拳銃、硝煙をあげたまま挟まれて残っている。 タラップには、眉間を打ち抜かれた源蔵が倒れている。 しかし、わづかにかすっただけのようで、致命傷はないらしい。 しばらくして、起き上がってくる。 源蔵は、 あ~、びっくりした。 と、一息ついていた。 予知はあった。 藤子は、誰にもそれは告げなかった。 予知は見ないようにしていたからだ。 予知は封印するのだ。 少しは、見続けたほうがよかったのだろうか。 この状況では迷いは、尽きない。 銃撃した、一人を、勇敢にも、若い一人の若者、駅員が、捕まえていた。 ホームにねじ伏せていた。 正義感の塊のような若者である。 昔から、正義感は、破滅の象徴と言われているのを知らないのだろう。 必死で逃げようとする、組員をつかまえているのである、ねじ伏せている。危なっかしい。とも思われた。が、案の定、 他の仲間が集まってきた。 何しとん。 と若い駅員に訪ねる。 若い駅員は、にっこり笑った。 捕まえてやったぜ!と満足そうな顔である。 と同時に、発砲された。 一人一発づつ。 3発である。 正義感の強そうな駅員、男は、ホームに血だらけになって、転がることとなった。 新幹線は、一旦止まった。 しかし、当の列車は、すぐ後ろに、上り電車が詰まってきてしまったため、警察の調べを速攻で終えて、直ぐ発車した。 その遅れた電車に、藤子と、母親と、お付きの組の若手と、乗ったままであった。 組の若者は車内に目を凝らし、お付きは、襲撃に備えていた。 ただ、近くには、警察関係の輩がいるようなのだ。 まずは、大阪で、藤子が降りた。 母も父も降りない。 それを見て、関係者は、やはり降りない。 母親が、囮になった。 東京まで行くつもりであろう。 大阪で降りた藤子は、以前世話になった大阪の組にタクシーで向かった。 予知というより、父、源蔵から聞いていたから。 しばらく、大阪に厄介になっていた時である。 源蔵から、連絡があった。 影武者を数人用意しておいたらしい。 近くにいても分からないものだ。 相も変わらず、広島で活躍するつもりらしい。 今度は、衆議院議員らしいのだ。 そいえば、以前、議員たちの利権に、相当な関心をを示していたことがある。 いくら使っても、見返りがいくらでも入って来るらしい。 源蔵は、まず、 大規模な党の党員となり、党の推薦を勝ち得た。 これは、たやすいそうだ。札束を積めばよいだけ、と気楽に言っていた。 そして、県内の県議連、議長、県議、様々な組合幹部、全て今まで通りにおどして、自分の応援を取り付けている。 あとは、反対運動団体を押さえつける。 予算、もしくは、力で。 広島に帰ってくるようにという連絡だった。 予知など、何もなかったかのようである。 全て、手配済みか。 藤子は安心した。 自分の気持ち次第、予知はなくても何も障害はない。 藤子は、広島には、直に帰る。 そう決めていた。 直ちに帰りたい。 すぐにでも、崇に会いたい。 崇は会ってくれるだろうか?崇にとって、私の思い出はどう残っているのだろう。 崇のことを考えた、念じた。会いたい。 藤子?早く会いたいよ、何処で何してるの? 藤子には帰ってくるの?また、崇の声。 明後日、かも 藤子は、念じた。 崇の声 待ってる。 何時ものところで、約束したところで。 やっぱりテレパシーは残っていたんだね、何回連絡して、感じようとしたのだけど、俺には、その超能力みたいなの無いみたいよ。 これは、藤子の妄想であろうか? 崇の声が、はっきり聞こえるのである。 崇を思い浮かべれば、崇の今の声が、聞こえる。 本当なのであろうか? この機能は、崇にだけ?通じるのであろうか? 藤子は、頭の中で、源蔵を思い描いた。はたして、 源蔵の声 娘を呼んだが、また、あの予知とかで、厄介にならないだろうか? 厄介になる前に、娘とはいえど、今度は消えてもらわなければ・・・ と考えているらしい。 心の声が聞こえる。 妻は、東京に逃げ切ったらしいから、ま、そのままでいいだろう。 もどすのも面倒くさいし。 と、これが、父、源蔵の本音らしい? 藤子の能力は本物であろうか? 藤子は、自問するしかなかった。 今のは、妄想であろうか? 本当に人の気持ちを見透かすことができるのであろうか? で、あれば、今の源蔵の声から、今、広島には帰ってはいけない、ということになる。 藤子は、崇を思い、強く念じてみた。 タカシ、聞こえてる。 駅にむかえにこれる? 海で待ってないで! あれ、本当に藤子なんだ、迎えに行くよ。 何時の電車、そっち発の時間で調べるから、明後日でも、乗ってからでも、教えて・・・・ 崇も聞こえているんだ。 藤子には、聞こえた、崇の声。 ありがとう。全てあなたのお陰だよ。 藤子は、もう一度念じた最後に。 崇の声 分かった、ありがとう、楽しみにしてる。お休み、なさい。 藤子は、確信した。 通じる。 私のテレパス。 今までは、親のこと、崇のこと、自分のこと、友のこと,と標的が定まっていない、ぼんやりの能力であったので、関心もなかった。 しかし、相手のことを、強く念じれば、通信相手を特定できるらしい。 藤子は、だんだんと、自分の能力の使い方が分かってきた気がしてきた。 まだ、まだ、分からない事だらけではあるが。思う相手の思いも分かるらしい。 どう使えばよいのか? は、今はまだわからない。 ただ、使い方だけは、習得しておきたい。 間違えれば大変なことになりそうだと思えた。 とにかく、使い方を覚え、自分で制御可能にするしかないと思った。 あとは、今後の教育と、今までの躾けの問題であろう。 今までの、しつけ? 躾け? シツケ? どんなんだっけ。 どう、躾けられたっけ? 自分でわかるものだろうか? しかたがないので、これからの、自らの教育、鍛錬にかかっている。と考える。 えらいこっちゃ。 私がこういう能力をもっているということは、他にもいる?のであろうか。 神様は、何かの目的とかあるのであろうか? それとも、突然変異?それとも、生き抜くための武器。 その可能性もある。だとすると、他に排除されるな。 他に、能力者がいたとして、 誰にどんな能力があるのか? 分かるものであろうか? 藤子は、それは、おいおい考えてみることにして、とりあえずは、この、源蔵の考えのもと、広島にかえっては、殺されるのではないか? 自分の兄でさえ、弟でさえ、殺させてしまうのであるから、自分の娘、おまけに、気持ち悪い能力者としてみているのだから。 広島で会って、源蔵の心を読んでも、その時は手配済みで遅いかもしれない。 念じて、洗脳を試みるか? それも危ない橋であろうと思われる。 また、この上、テレパスの能力まで見せてしまったならば、直ぐに葬られるだろう。 ここは、広島には帰らない体が一番。父には、近づかない方がよい。 藤子は、源蔵に電話した。 お父さん、お願いがあるんだけど。 あのね、まだ、広島に帰りたくないの。 あのね、あの女子高、行かなくても、高校、卒業させてくれる? そして、呉の普通の会社に就職させてほしいんだ。ダメ? それで、呉に帰りたいのだけれど。 倉田のことである。出来ない筈はないのである。倉田は、藤子の願い通り、女学校側と話しをつけた。 3月には卒業になる予定である。 学校としては、学費と、寄付金さえ入ればかまわないとのことである。 卒業後の進路だけは、教えてほしいとのことであったので、 源蔵は、  家事手伝い とだけ、答えておいた。 自分のむすめが、その辺の事務員になるなど、いえたものではないのだ。 一流でなければならない?一流? 一流?ってなんだ? 源蔵はお付き(いまでは、秘書と呼ばれている)のものを呼び寄せた。  おい、一流の会社って、呉にあるのか? お付きは、、すかさず答えた。  倉田綜合警備保障株式会社? 速答で答えた。  お前、なめとんのか? しかし、仕方がない。 と源蔵は思った。 こやつらには、倉田が用意した会社がこの世で、最高の場所なのであろう。組員のため、そのためだけに作った会社なのだから。 源蔵は、別の秘書をよんだ。 そして、 県議長の戸山に相談しておいてくれ。 うちの娘、藤子のことだが、呉には帰らず、今の女子高は、行かないまま卒業させる。 その後、この呉の街でOLするそうだ。 適当な一流会社をさがしておくように、倉田組との関係が絶対に無いところでな。 と、素早く、てきぱきと手筈した。 倉田藤子は、 今は、広島に帰らない。 もう少し落ち着いて、自立できた状態で、帰郷する。 大学などいっていれば、いつまでも、親の世話にならなければならない。 仕事を決めて、自立した、一個人、倉田藤子として地元で生活をしたい。源蔵がいる限り、かなり無理なことではあるが。影響力が一般と違い強すぎる。 できれば、一個人として、崇と地元で、過ごしたい。 止まった時間をいきているように、と願った。 予知が少し出てきた。今の広島では、自分が父親の手はずで、殺される。 崇もまた、巻き沿いとなるであろう。 自分のことで、もう、誰も困らせたくない、迷惑かけたくない、心配させたくない。 藤子は、決めていた。 今度、崇に会うときには、予知だの、読心術とか、テレパシー超能力など、なにもない、何も持たない普通の女で、会いたい。 倉田藤子は、今度は電話した。 崇?、私、藤子だよ。 私ね、しばらくは帰らない。 自分のこと、もう少し分かってから、帰るね。 多分だけれど、4月か5月には、帰ると思う。 私ね、就職するね。 広島で。 崇も、気象予報士の勉強、頑張ってね。 あれだけ、海が、波が、風が好きなんだもん。きっとなれるよ。きっと合格だよ。 私ね、もう、予知の力もなくしたから、分からないから、だから、頑張って、としか言えないんだ。 未来は、今じゃないから、きっと、うまくいく。 私も崇も、何でも願いはうまくいく。 これは、予知ではなくて、予定であります。 電話は名残惜し気に切れた。 崇は思った。 父も、母もいない。 叔父もいなくなった。 藤子もいなくなった。 藤子だけは、そばにいてくれると思っていた。 藤子は、本当に帰ってきてくれるだろうか? なぜ、能力をなくしたのだろう? 俺が気持ち悪いと言ったから? 藤子、また、帰ってきてほしい。 せっかく会えたのだから、永遠に一緒に居たいのだから、その為に、なにをしたらよいのだろう? なにもかもが、消えていく中で、まっているだけなのだろうか? ま、とりあえず、勉強でもするか? 大波、小波、あーした天気になーれ? あれ?こんなんだったっけ? 崇は、2階の自分に用意された部屋に入り、少し教科書を開き、ベットに横になった。 気象予報士の勉強頑張って?きっと合格するよ?ってか?その前に卒業試験あんですけど。で、藤子は、広島帰らないで、卒業できんの? 予知の力とか、超能力とかなくても、すごい力、あるじゃん。 とりあえず、崇はねむりについた。 藤子も、もう眠ったような気がしたから。 藤子は、崇に電話をした後、心地よい眠りに誘われて、広いベットで眠りについた。 が、すごい悪夢に、うなされ続けていた。 藤子は、銀行員となっていた。 窓口に座って、接客している藤子。 そこに、なんと、古風にも、拳銃を持った銀行強盗。 黒い革のボストンバックを藤子のテーブルの前に放り投げるように、置き、 金を詰め込め とのことである。 さっきまで、目の前にお客さんがいたはずである。 藤子は、後ろにいる、支店長とか、主任とか、を見まわした。 皆、目をそらす。 今は、犯人と向合う藤子であった。 少し安心した。 お客さんがいたら、現実味があるから、これは、予知かもしれない。 と思うところである。 だが、ところどころ、現実離れしている ということは、これは悪夢であろう。 であれば、良いのである。 予知はいらない。 悪夢であればよいのである。 ま、いずれにしろ、銀行には、勤めないようにしよう、と思う藤子であった。 そして、深い眠りについたのであった。 崇は、もう寝たのかな?とか考えながら。 2、3日して、父、源蔵から藤子に電話があった。 藤子の卒業は、3月には、卒業証書がでることになっているとのことである。そして、就職先であるが、 H銀行、 F銀行、 Kコピー機、 Tデパート、 古崎電機通信工業、 と、どこがいい?とのことであった。 銀行はうなされる可能性があるので、即座に消去。 藤子は、それでは、古崎電機通信工業でお願いします。と答えた。最後にいわれたので、名前を言えただけである。なんの会社かはよく知らないが、源蔵が持ってくる話である。悪いブラックな企業ではないであろう。 こんなに選ぶ側でよいのであろうか?藤子は、とも思った。 さすが、倉田源蔵である。 なんでも、出来てしまう。 崇が言った、 超能力よりすごいちから、か。 また、困ったときにはお願いするとして、とりあえず封印しておこう、と思った。 源蔵によると、古崎電機通信工業では、新人は、地方採用であれ、 中卒であれ、 高卒であれ、、 大卒であれ、 東京近郊で、1年間研修をしなければ、配属とならないらしい。 とにかく、東京で4月から生活、1年研修し勤務することとなるらしい。 源蔵は、事前に全部きいていたので、娘が、一番厳しいところを選ぶとは思ってもみなかった。そして、大丈夫なのか、心配していた。 情報を聞いていたなら、選ばなかったであろう。 しかし、藤子としては、このまま、田舎にかえるより、東京に1年いられるなんて、夢のようにも思えた。 研修か? 住むとこもさがさなくては、 東京か?どこの街(シマ)にしよう? 少しうきうきしている。しかし、また、母親のいるところで暮らすことになるであろうと思う。それもまた、幸せなことなのだ。 早速、崇に連絡した。 1年も、東京にいくことが、えらく、不満げであった。 さっさと銀行にでも、就職してくれればいいのに、などと言っている。 藤子が、東京にうきうきしているのが、どうも気に入らないらしい。 直ぐに帰ってきてよ。 なんで? 忘れちゃうじゃないの。 会社の研修だっちゅうの! 崇は駄々をこねる。 藤子は藤子で、東京が楽しみで仕方ないのだ。 崇と遊びまわった東京、将来性が見えてくるかもしれない東京。 話しているだけで、わくわくしている。東京タワーは外せないな。新宿アルタ前も、高野フルーツパラーに、渋谷道玄坂、スペイン坂、タワーレコード、と、観光旅行ってあるのかな?東京現地で。地方から、ツアー申し込まなきゃなんないのか? 崇は、いろいろ心配でしかたがないようである。 崇にとっても東京は、懐かしい、若き日の青春の都なのであるから。 ついに、あこがれの藤子の東京生活が始まった。 やはり、親は親である。 源蔵は、当面は、母親に藤子の面倒を見るように手配した。 最初は、ホテル暮らし、品川。 そして、研修地が、川崎ということで、決まったのであれば、源蔵が藤子のために購入した、品川のマンションが住まいとなる。以前の物件は、バブルとともに全て崩壊したらしい。どんだけ品川が好きなんだ。南の海側であればよいのであるが、北側、高輪、白銀などであれば、気位の高い人の街で有名で、母親にはよいのだろうが、若い娘の住むとこではない。 もちろん、母親付き、お付き付きである。 崇に報告すると、父親よりも安堵した様子である。 横で、電話を聞いている母親が微笑む。 ふくれている藤子であった。 研修は、 という前に、3月には、藤子のもとに、卒業証書が送られてきた。 卒業式に出る必要もない。 おめでとう、といわれても、あまりピンとこない 何がめでたい! 研修は、最初は、コンピュータプログラム、だの、コンピュータの歴史だの、仕組だの、2進法、6進法、の数学であったり、座学である。 それでも、興味深い。 アメリカで誕生した、戦争ロケット軌道計算用のコンピュータ、暗号解読用コンピュータは電卓くらいの計算をさせるのに、四畳半くらいの面積の真空管コンピュータが必要でであったらしい。コンピュータ計算は、2進法、というのは、電気が、付いてるのが1、消えているのが、0である。四つランプがあり、横並びしていると、左から、ランプがついている、次消えている、次ついている。次消えていると、1010である。それをどのように計算するか?と次々に楽しみになってくる藤子であった。 こんなこと、好きだっけ、とも思うのだが、藤子の場合、あまり学校に行ってないので勉強の楽しさなんて知らないし、楽しいものなのかさえ分からないのである。 サッカーや、バスケット、陸上などのスポーツ枠の新入社員は、途中から退席して練習にむかうが、一般は、夕方、5時半まで、学習である。 ちと、午後からは、疲れてきた。長すぎる。 90分授業とか、そんな、長い授業など経験ないから、後半、どう過ごしてよいのか分からない。ただし、学校とちがって、無理やりやるのではなく、全てが自身のためであるので、受け止め方も異なってくる。 今まで生きてきたうちで、こんなに勉強したことはない、という輩ばかりである。 たしかに、中卒も、高卒も、大卒も関係ないと思う。 目の前の学問は、全てが新しく、どんな学歴であろうが、対応したことはないであろう。 新分野である。 プログラム、ハードウェア、ソフトウェア、2進法計算、インド式数学、どれも目新しい。藤子は、プログラミングが好きだった。 まるで、物語を書いているようで、 また、コンピュータがその通り動いてくれる。 ただ、動かないのは、どこかしら間違いが有るわけで、少しでも間違いが有れば、コンピュータは絶対に動かない。 容赦ないのである。 数字の1(いち)と、英字のI(える)の入力まちがいなどは、苦労する。 ほとんど分からない。 見つけるのに、苦労する、というより、やり直ししたほうが速いのではあるが、そうすると、他で間違いが起こる、ことが、常である。 2か月くらいの座学を経て、いよいよ、OJTである。 オンザジョブトレーニング  実戦配置訓練である。 藤子は、金融システム、銀行のシステムを作り上げるプログラミングの部署であった。 藤子は、発表と同時に、即座に聞いた。 銀行の窓口にすわることはありますか? 例の夢の件である。 即座に、 それはない、と答えられた。 正確には、そんな暇はない、ということである。 ここでの、プログラミング作業は、壮絶であった。 丁度、銀行が、CDシステム(キャッシュディスペンサー)を各店舗に配置し、オンラインを始める時期、第3次金融オンライン導入時期であった。 研修とは、名ばかりで、労働であった。 来る日も、来る日も、夜10時ころまで打ち込みの仕事。 土日はコンピュータセンター内で、テスト、デバッグ、と称し徹夜である。 研修中とはいえ、一応、残業代はついた。 月に160時間。給与明細では、本給より残業代の方が多い。 いろいろ、うわさは聞く。 30代で課長になって実戦を離れなければ、死ぬとか。 会社に来なくなった先輩は、メヌエル病を発症した、とか、ひとりごとが、おおくなった人からは、鋭利なものを遠ざけろ、とか 朝抜き、昼、牛丼、夜、牛丼弁当とか、さすがに食事については、母親がついているので、きちんとしているが、仕事については、その量に、母親は、心配でしょうがないらしい。 父親に相談の電話を入れていた。 そんなことだけは、止めて欲しい、 父が会社に圧力をかけかねないから、自分は、この仕事がたまらなく好きであること、を伝えた。 そうこうしているうちに1年がたち、広島呉支店へ配属されることとなった。 事務職のはずではあるが、開発の要素もあるらしい。 ただ、営業所では、専門などはなく、何でもやらなければならないのは、何処でも同じということであった。 藤子は、母親と広島、呉に戻ることになる。 源蔵は、衆議院議員になっていた。 ただ、ちからは、ヤクザの親分以上の最強なものを身に着けたらしい。 崇に電話連絡をした。なぜか残念がっている。 今度は、自分が東京にいくことになったらしいのだ。 研修で。藤子に会いたくて、何度も志願したそうだ。 気象予報士には慣れたらしい。 そのうえ、お天気担当部署で国営放送にも入社したらしく渋谷で研修とのことであった。 藤子をすごーく頼りにしていたらしい。 今度は、広島に帰って来るな、とか、言いそうになっている。 以前と逆の立場である。 渋谷の国営放送のニュース番組での、天気予報の原稿、シナリオ、テロップ、説明小道具を造る仕事、崇の研修であった。 崇は、最初は、自分で天気図を図き、衛星データをもとに番組を製作するのか、と理解していた。 しかし、それどころではない。 時間との勝負である。 レポータは、現地取材に向かっている。 そちらの、原稿も、メインキャスターの原稿も、製作しなければならない。 などと言っていたら、時間が無い。 自分で、天気図から解説する時間なんかもない。 とにかく、気象庁発表を聞いてそれに従った、情報番組を組み立てていくしかないのである。 時間はない、のである。おまけに天気はかわる。 そのころ藤子にいたっては、 呉の営業所に配属された藤子であるが、お茶くみでもと思っていたら、そうはいかないらしかった。 川崎の以前の研修先から、倉田にこの仕事を頼むとか、データ解析、データ入力、プログラム開発の仕事が、次々に来ている。 そして、ついには、具体的な仕事が、かなりのボリュームで指示が来た。 翻訳システムの開発? 人工知能の開発? そして、部屋には、次から次へと、最新鋭のコンピュータが設置導入され、上司もいなくなった。なんで? 同僚もいなくなった。なぜ? 仕事は、毎朝FAXで指示が届き、監視カメラと、タイムカードだけで、藤子は管理されている。 なんか気持ち悪いが、そんなこと考えられないくらい、やはり忙しい。 休む暇が無い。別にいつ休もうと、関係ない、とはいわれているのだけれど、仕事のお尻をきめられている。うまいやり方だ。休めやしない。 久々に崇に連絡をとってみるか とも思ったのであるが、何時も家にはいないらしく電話には出ない。 そういえば、一人暮らしだったっけ? 情報を集めて、会社に連絡を取ってみる。 苦労はしなかった。国営放送など、県にひとつしかないし、天気予報の部署など、そんなにあるものでもない。藤子は、すぐさま連絡をとる。とってみる。 研修で、東京に行っているとのことであった。 いつ帰るのか?それは、本人の希望次第とのこと。いつまでもいて自由らしい。 一応研修先の連絡先を教えて頂いた。 藤子に至っては、研修で作ったプログラムが動かない、とのことで、川崎の金融システムに戻ってこい、などと言われる始末である。研修ですけど、そんなことあるのだろうか?あるわけ無いのである。藤子の特別な、である。 崇に会いたいこともあったが、今度は、母親も、こちらにいるのだし、不安ではあるのだが一人暮らしである。魅力である。 完全なる一人暮らしである。 東京での一人暮らしとは、どんなものか? 多分、崇と何度となく会っているかもしれない。一緒にすんでたりして・・・ 半年の約束で、戻ることを了承し、両親に話をした。 源蔵などは、会社の社長のところに電話しようとしたので、必死になだめた。 藤子自身が、今後、会社に居づらくなるので、ということと、今の会社は藤子にとって、かけがいなく素晴らしいと思えるところである、と、いうことで、鞘を収めてもらった。 次の日には、会社から、寮の1室が用意されてることを知らされた。 会社の研修先の敷地内である。 寮生活など無いのだろう。 藤子には、分かっていた。 人が足りないのだ。 研修生に、研修中に製作したものの、手直しなどさせるわけないのである。 研修時期を終えて、配属先にいくという、藤子の挨拶の時、部隊全員が、泣きそうな、すがるような眼で藤子を見ていたのだ。藤子が、居なくなったら、後の仕事のボリュームを考えると泣きだしたくなるのだろう。データの入力が、データの関連付けが、これほど楽しいと思いながらできる子など、何処にもいないのだ。代わりなど、絶対いないのだ。 多分、寮の生活とは、徹夜明けに寝るだけ、となってしまうのだ。 そうはいかない。 今度は、要領を心得ている。 崇と会う時間くらい確保できる。 そのつもりである。 翌日、午前中に、崇の研修先に連絡した。 崇は、飛んで喜んでくれる、かと思いきや、随分そっけない。 そう、 だけであった。 藤子は、思った。 東京である。 崇には、彼女の一人や二人できたに違いない。 東京に出てきた、田舎娘が放っておくわけはないだろう。または、地元のお嬢様。 見たこともないような、洋服で、ファッションで、情熱的に誘惑されたのかもしれない。 藤子は、崇に、探るように、 いつ会えるか聞いた。 そして、いつ帰るか 聞いてみた。 しかし、崇は、そっけなく、聞いているのか? 聞いてないのか? ああ、 とか、 うん とか 言うだけで、はっきりしない。 会社の勤務先の電話だからであろう、と、藤子は、崇の個人の番号を聞いておいた。 じゃ、と言ってきろうとした。その時 ね?いつ来るの? と聞いてきた。 何を慌てているのだ? 心をよんでみようか? とも思ったが、それはやめた。 とっくに封印したのだ。 不幸の元なのだ。 というより、今更出来るかどうか、分からないのである。 やろうと思ってできない場合は、ショックが大きい。 と思った。 藤子は、金融プログラムの制作が、好きでも何でもない。 ただ、ついでにおこなっている、自動翻訳システム、将来、人口知能の開発の基礎になってゆくのであるが、の開発が好きなだけである。 資料の単語、話、を、片っ端から、関連づける。 繋がりのある事象を溜め込む、打ち込む。 そして、関連付ける。日本人として正しく。 いわゆる今でいう、データベース、である。 検証については、日本語文献を自動翻訳で、英語に訳してみる。 その結果を、今度は、日本語にしてみる。 そして、その翻訳させた、日本語資料と、今出てきた英語訳日本語翻訳資料を比べてみる。全く違う文章になっている。 なんだこりゃ? というばかりの結果である。 登録した、前後の関連付けが、おかしいのである。 違う単語をセレクト、チョイスしている。 なぜに、藤子がこれに興味あるかというと、自分の超能力の成功事例を片っ端から、入力してみて、その成功事例をもとに、自分の能力の操作、実施方法を探し出そうとしているのである。操作マニュアル(取説)を作ろうとしている。 その処理にそっくりなので、本業の合間に、超大型コンピュータと、データベースを拝借しているのである。 こんな環境、世界でもめったにない。 何億円のシステムである。 いかに、倉田源蔵でも購入はできない。 かっぱらう、乗っ取ることは、可能かもしれない、と思う。確かに、今、その娘は乗っ取っているともいえる状況なのだから。 だから誰よりもデータの構築が速い。 部隊の開発チームからは、えらく重宝がられている。 藤子は、東京、といわず、川崎に来た。 崇には、なかなか連絡が取れない。 しかたないので、嫌がるであろうが、また、会社に電話して捕まえた。 崇は、会うと心を読まれそうでこわいのだ、という。 怖いことが起こるとか、おぼえがあるのか?と問い詰めたが、はぐらかされ、やはり、早々に電話は切られれた。 半年の間、崇と何回あっただろう。 まったくのすれ違いばかりである。 というより、さけられている?感がある。 崇は、やはり、仕事はたいそう忙しそうであるが、休みには、必ず、海に行っているようである。葉山の。 そして私とは会えない。 連れていけ、と何度か、命令までしたが、どしても、一人?で行くらしい。 絶対怒らないから、と、交際相手とか、生活のこととか、聞いた。 しゃべらないのであれば、例の力を、解き放つとまで言ってやった。 実際には、封印どころか、どうやって、使っていたのかも忘れているのである。使えない、分からない。 あれやこれや、例を挙げながら、答えやすいように。 しかし、分かったことは、やはり、海に行ってている。 確かに女は、絡んではいる。 東山 美幸 二十歳 大学 文学部2年 相手はどうかは分からないが、崇は、その兄と付き合っている。 余計やばいじゃん。 というか、彼女たちの別荘が葉山にあり、最初はヨットを乗りに行っていたのだ。という。 何しろ、崇は、そういえば、ヨットでは全国区で有名であった。 忘れていた。 兄、東山 紘一は、国営放送局の朝のニュースキャスターらしい。 研修に行った、渋谷の国営放送局で、天気予報の実習をしていたのであるが、そのニュース番組のメインキャスターが、その兄貴、らしい。 東山 紘一 入社したて、2年目、国営放送局の朝のニュースキャスターに抜擢されている。大学 経済学部卒  ここからの入社は、かなり珍しいらしいので、かなりのコネ持ちなのであろう。 身なりも他のキャスターの仮衣装とは、異なり、自前で、ラルフとか、ブルックブラザースとか、もちろんVANジャケット、後は、渋谷セレクト、新宿セレクトとお金がかかっている。というより、予算を気にしなくてよい、ようなセレクトであった。 ヨットでも、洋服のセンスでも、崇と東山は気が合った。 話が合った。 やはり、中学というより、父親、母親の代から、ヨットをやっているらしい。 父親以前からのお金持ちらしく、神奈川、湘南 葉山にヨットハーバー付きの別荘があるらしい。 毎週、週末は、家族でそこで過ごすらしい。 金持ちの王道らしい。 崇は、身近には、そういえば金持ちの邪道のような人はいるな、と、藤子を思い浮かべた。 そう言えば、天皇、皇族用の葉山御用邸というのを聞いたことがある。しかし、御用邸は、那須とか、いろいろ田舎にあるようで、葉山も其のたぐいとしか、思っていなかった。というか、それぐらいしか情報はない。 かれには、大学生の妹がいるらしい。 やはり卒業した同じ大学らしい。2年生らしい。 可愛いは、とっくに通り越して、キレイ美人だそうだ。兄としては、であるらしいが。 高校も同系列であるが、高校生の時から、香川崇の雑誌記事を見て、キャーキャーいっていた記憶があるとのこと。 紘一は、妹が熱狂する崇にたいして、 なんだ、この田舎者 とか、 同じヨットマンで、見下しもしたが、嫉妬であったかもしれないと、正直に言ってくれた。自然に、というか、必然的というか、彼の葉山の別荘に誘われ、父親、母親、に紹介され、最後に妹の美幸、その友人数名にまで紹介されることとなった。 最初は、兄の紘一や、父親とタンデムの二人乗りで、ヨットをたのしんでいたが、ふたり乗りのテーザー級をしか所有していない。必然、妹、美幸とも、二人乗りの共同作業をしなくてはならなくなった。 一人乗りのレーザー級などないようである。 父親の方は、すでに、大人を楽しむセーリングクルーザー。 ディンギーよりも大人数で乗るのでチームワークが重要なヨットを友人たちと楽しんでいるらしい。 ということで、一人乗りが無い。 一人で海に出れないのが、少々不満なところでもあった。 近くのスクールで借りようかとも思ったが、会員になる、予約をする、など、気ままにはできそうにないのである。 費用が掛かる。 やはり、ブルジョア趣味のお遊びでしかでない。 気象予報士ということも、彼らの家族に、気に入られ、毎週末には、葉山に招待されていた。そして、セーリング、当初は、妹を教える、遊び相手として扱われていたが、どうも、誘惑が、露骨すぎる。 彼女の友人たちも交えてである。 乱交になる。 崇は、ヤクザ映画でみたことがある?現実であったかもしれないが。乱交は勘弁して頂きたい。 彼の、彼女の父親などは、それを眺めて楽しんでいる節がある。 母親と、二人で、若い人たちの遊び生活をまぶしいそうに目を細めてみている。 フランス映画、アランドロン主演 太陽がいっぱい、という映画があるらしい。 そんな結末にならないように、と、若いものにささやいていた。 映画は、金持ちの友人の別荘にヨット遊びに行った、貧乏な友人が、金持ちの友人を殺し、財産、恋人を友人になりすまして奪う物語。 結構、バカにした、失礼な話である。 崇は、日々いろいろなことを、すっきり忘れる海を求めている。 二人で乗るヨットは、藤子とだけでよい、先の話と考えている。 そんな崇に、紘一は、最新の遊び道具をみせてくれた。 ウインドサーフィン。 ボードセーリング。 サーフボードにセイルがついている。 一人乗りのヨットのようなもの。 シングル、レーザー級の艇は持ってないけれど、今、一人では、これをしてる。 と、紘一は乗せて見せて、体験させてくれた。 慣れてくると、風の向きを探して、セールにつかまった状態で、ボードの上に起き上がり、海の上を進んでいくのである、最初は、それがなかなかできない。 セールをロープで引き上げて、やっと力任せにセールを操っているのだが、その行為途中で、どんどん、波の流れを受けてしまう。 夕刻の沖へ戻る潮に乗ってしまうと、セールをあげようとする度に、沖へ、沖へと流され、行方不明にまでなる。 一度、浜に帰ろうとするたびに、沖に流されているところを、紘一のヨットに助けられたことがある。 あれ、一人乗りあるじゃん。 と思ったが、スクールをやっている友人の借り物らしかった。 流される、崇を見つけたのも、そのスクールの友人らしかった。 まだまだ、波潮の流れ、風が、時刻によってどのように変化するか?分かってないね?と言われた。気象予報士の資格をもっているものにとって、屈辱的であった。 とにかく、それ以来、崇はウインドサーフィンばかりさせてもらっている。 これであれば、波を待つ必要もないが、風は必ず必要である。 広島での瀬戸の夕凪をどうするか?が問題となってくるであろう。 しかし、また、今度は風を勉強するのだ、と思う、崇であった。 一人でウインドばかりしている崇を、浜辺や、ハーバーで見るかたちになったのは今度は、妹の 美幸であった。 さっさと、次の遊び相手を連れ込んでいた。 ブルジョア趣味である。 交わる、会話もない。 そう思う崇であった。 そう言えば、藤子は、東京だっけ?遊びに夢中になった浦島太郎状態だな。 と崇は思った。 連絡しなければ、おばちゃんになっているかもしれないと思った。 さっそく、藤子に連絡をしてみた。 崇の話によると、 ニュースキャスター 東山 紘一との最初は、ヨットが始まり。、崇が、全国雑誌で、見たことがあったことがきっかけ。 最初は、ヨットの話題で盛り上がり、妹が、雑誌で見ていて、ファンなんですよ、 とのことであった。 今度、葉山マリーナにヨットを停泊しているので、乗りに来てほしい、となったらしい。 藤子は、忘れていた。 そういえば、この男は、ヨット、ファッション、において、地元はおろか、全国的に有名な、人気者であった。 忘れていた。 今は、その兄のほうがやっている、サーフボードにヨットのセイルをつけたような、ウインドサーフィンなるものにはまっているらしい。 藤子には、話を聞いても想像がつかない。 サーフボードに、ヨットのセイルが突き刺さったようなもの。 想像しても、ただの、貧乏くさい帆掛け船しか出てこない。 たしか、そんなのに、崇は、以前乗っていたような気がしないでもない。 それが、何処に売っているかも、何処で、できるのかも、分からないが、その兄が、いくらでも貸してくれる。らしい。 妹もどうぞ、とはいわれたが、丁重に、お断りしておいた。とのことだ。 読心術を使うぞ、 といえば、何でもベラベラとしゃべるもんだ。 と藤子は、感心した。 あっても、なくても結構使える、能力である。 風と波を毎週末、満喫しているとのことである。 しかし、二人乗りはないのである。 誘っても、乗せることなどできない。 無理に乗せようと思えばできなくはないが、つまらない。 教えるのも、結構危険で、面倒くさいらしい。 だから、何時も、一人で、満喫したいらしい。 前のように、しおらしく、浜辺で待っていてくれるのであれば、いいのだが、関東にそんな、浜がないらしい。 ボードなどは、その子のお兄さんのを借りているらしい。 私もいつかは、誘ってくれるそうだ。 ただし、見てるだけになってしまう、とのことである。 きったない砂浜でだそうだ。 崇は、沖で、風を受け、さっそうと波を飛ばしていく。らしい。 そのウインドサ-フィンとやらが、ぞっこんらしい。 だから、広島にも帰りたくはないようである。 崇としては、ボードとか、乗る場所、借りれる場所が見つかり次第、研修を終え、帰省するつもりである、とのこと。である。 今ので、心に突き刺さっているところがある。 身近には、そういえば金持ちの邪道のような人はいるな 浦島太郎のおばあちゃんになっている、 教えるのも、結構危険で、面倒くさいらしい。 二人で乗るヨットは、藤子とだけでよい、先の話 などと、崇くんは言った。 女性の心に突き刺さった言葉というのは、釣り針のように、返しが鋭く、ちょっとやそっとでは、抜けない。 一生抜けないかもしれないのだ。 ことあるごとに痛みを伴う。 藤子は、崇にたいして、 お前は、お天気お兄さんになるのではなかったのか? とも思ったが、何時も、崇の中心は、夕日の海、穏やかな海。と、潮風。 藤子の場合、こちらも夢中になっていることがあるため、崇に会う、会わないは、どっちでもいいようになっていた。 とにかく、大型コンピュータが使用できて、データを溜め込めるところ。 分析、検索できるところ、それが有ればどこでもよい。 世界的には、軍にしかないともいえるが。こちら、製造メーカーである。 それがなければ、こちらに残る意味もない。 忙しいだけだ。 トラブル、バグを解決したら、その後は残る気もないことは上司に伝えてある。 こんなに忙しく、時間がないと、自分のことが、できないからである。 さっさと済まして、呉に帰り、のんきに空き時間をみつけて、データ分析をしたい。 早く自分の能力の使い方を解読したい、と願っている。 さあ、仕事にとりかかろう、とは思った。 風のうわさではあるが、 崇は、とっとと広島に赴任したようだ。 広島の人材不足もあったが、セイルとボードが見つかったのであろう。 藤子、も、さっさとすませて、帰ることにした。 こちらの、プログラムのバグ?も直し、動かした。 最初は、なぜ動かないのかが、分からなかった。 コンピュータセンターに入り込み、徹夜状態で、解析をしていた。 もう帰ろうよ、 とか、 食事いこうよ、 とか、 よく声をかけられた。 周囲も、じっと、こちらを観察しているようでもあった。 何か?おかしい。 とは感じていた。 周囲のチームのみんなには、このソフトのバグ、そんなことどうでもよいようであった。 とにかく、新しいプロジェクトの仕事、データ整理をやらせたかったようだ。 自動翻訳をもとに、人工知能を構築すること、とは聞いてはいる。 藤子が一番関心を持って何でも頑張ることばだ。 が、どうも、何かのオペレーションシステムをコピー改竄させようとしているようにも感じるのだ。プログラムの概要をレクチャーされ、それを同じように制作するよういわれてはいるが、それは、それで、なんで、私みたいな新人に?と藤子は少し疑問でもあった。 それに、完全に出来上がった、プログラムが、メモリー内に存在しているのである。 できてるじゃない?と不思議がいっぱいである。 プログラムバグも、誰かが、間違えた書き込みをしたらしい、と思った。 仕組まれてる? とも思ったが、予知、読心の能力は使わなかった。 封印した。 使えなくなった。 さっさとデータ整理をして、コンピュータで、自分の能力の分析をしたい。 と思った。 バグ直しました。 では、多分帰してくれそうにないと感じていた。 だから、与えられた、プログラムのコピーも検証して、作り直すことにした。 どうも、この膨大なプログラムは、何か新しいハードウエア上で、動くようになっているらしい。 いままでの、オペレーションシステムの焼き直しのようでもあるが、ある場所にあるパスワードを入れないと、稼働させたと同時に警報が鳴り響くように作ってある。 パスワードを解析、作り直した。 これで、帰れる。 であろう。 実は、もう一つ、このプログラムには、仕掛けがあるらしい。 誰が、何のため。 誰が作ったのか?プログラム履歴でも見ようかとも思ったが、ヤメタ。誰かの暇つぶしであろう。ある場所に、あるトリガーワードを入れると、印刷の度に、ABMとばかり印刷される印刷システムになっている。 ABM? なんだっけ、超、有名なワードのような気がする。 が、こちらは、わざわざ、トリガーを入れ込む作業が必要であることなのである。 そのままにしておいた。 誰も気づかないであろう、ということで。 藤子自体も、明日には忘れているだろう。 トップに、業務完了を報告した、 バグ直しの内容、 新プログラムで警報解除のパスワードを入れたことで、藤子は、あっさり、呉に帰してもらうこととなった。 最後の言葉が、ごゆっくり、であった。 本当にそうなればよいが、今回のオペレーションシステムの件で気になっていることがあった。 それが、そののち、藤子達を世界的産業スパイ事件にまきこまれるトリガーであり、予見するものではあったのであるが。 藤子が、川崎のコンピュータセンターで使用していたのは最新鋭の大型高速システムである、それが、なんで、呉営業所に同じものが設置されているのだろう。 大銀行でも、手に余るような、新鋭機種である。 それがあるから、倉田藤子は、そこで、仕事がしたくてたまらないのである。理由など何でもよいのである。 にも記述したように、自動翻訳システムにしろ、人工知能にしろ、データベースが大事で、とにかく、データをいかに大量に記憶しておくかが、勝負となっていた。 新幹線 広島駅下り線ホーム。 いかにも東京からですというような、ビジネススーツに身を固め、トランクキャリアを引いて降りてくる女性がいた。 倉田 藤子である。それから、在来線に寄り替える。 電車は一瞬、止まる。 呉線かるが浜。 広島から呉に行く途中にその駅はある。 いまは、ムーンビーチ?沖縄か?というらしい。 東京から、広島にかえっていた、崇、堤防にこしかけ、風に髪をたなびかせ、タバコを一本くゆらせていた。 海を見る、若者、それは、崇。 沖の一点を見つめている。 そして、タバコの火を消し、ポイ捨て、立ち上がり、そしてボードの置いてある浜に向かった。 東京に赴任したての時、崇は、東山紘一に貸してもらっていたウインドサーフィンなるものにはまっていた。 毎週のように、沖にでた。 しかし、妹、美幸はいい顔をしない。 崇が、夕方、夕日の沈む海を見つめているときである。 横に、美幸が寄り添ってきたことがある。 普通は、ここで、男が肩を抱き寄せ、そっと、唇にキッスをするのだろうが、崇にはそういう、男と女の事情は分からない。 ずーっと崇にすがってきた美幸ではあるが、何にも起きない。 むしろ、崇は、すがってくる美幸を面倒に思っているようである。 突然、出もないが、 プイ、っと怒って美幸は席を外した。 紘一は、それを物陰から見ていて、吹き出しそうになっていった。 この時から、紘一は、崇のことが、お気に入りで仕方なくなった。 崇にあらゆるもの、自分の彼女でさえ、あたえようとした。 なんで、いまだにコイツがここに、私の別荘にいるのだ。 美幸は苦々しい思い出、新しい彼と、海をながめていた。 ウインドを、何処に持って行ってもいい、 と、紘一がいってくれたので、車までかりて、西へ向かい逗子に出てみた。 なかなかの湾である。 西側の公営駐車場に車を止めて、ボードを浜に運んだ。 風を感じる。 ある時、あまりにも、風に乗って、スピードが上がってきたので、ためしに、そのまま反転して、波にのってみた。 サーフィンより、セイルを操っている分、波に乗りやすい。 また反転させて、大きな波に向かって行った。 セイルいっぱいに風を受け、波のトップで、エイ、とばかり、セイルを引き寄せ、足を折り曲げ、そして、空に向かって押し出すように力を入れた。 波をけって空に舞い上がった。 ジャンプした。 もう、気に入った。これだけでよい。ここに一生いて、海で暮らしていたいと願った。 しかしながら、藤子からの電話、もしかしてテレパシー?、広島の局からの電話、 皆が、 帰ってこい という。 そろそろ潮時かとも思っていた。 そこへ、あの、サーフボードを提供してくれた店の店長さんからの電話があったのである。まだ、店長のままらしいが、電話は、 やっとみつけたよ~の叫びから、 今度、ウインドサーフィンあつかうので、よろしくね。 とのこと。 崇は、そろそろ、潮時、であり帰ることにした。 そろそろ、帰らないと、首になりそうだった。 予報士の免許書き換えもある。 広島の局では、朝担当とか、昼担当とかではない。 夜、最終アンカーもふくめて、ニュース番組の天気予報の、原稿を書かされた。 東京にいるときに、アナウンサーとして、天気を紹介し連携しやすい原稿の形を、紘一が教えてくれていたのだ。こちらの局でも評判となった。 崇としては、大変困るのである。 評判が上がって、仕事が増えて困るのだ。 出世も給料も関係ない崇にとって、海でウインドサーフィンができること、それが、人生において、重要課題、一番大事なこと。 サーフィンを止めて、ウインドサーフィンにしぼったので、波の行方はどうでも良いといえばよくなった。 あるに越したことはない、そんな感じである。 自分の興味から外れれば、海で事故にあわないよう、波、風の情報をだすことは、重要な役目と認識している。 皆のためには頑張っている崇である。 平日も、崇は、ウインドサーフィンをしている。 他のサラリーマンからすると、うらやましい限りであろう。 崇は、これも仕事です。 と、うそぶいて見せる。 しかし、風を見る。 波の高さを見る。 大事な観察である。 それに、ファッション誌の撮影などもある。立派なお仕事ではあるのだ。 ウインドサーフィンのボードとセールが波打ち際に置いてある。 セールにはミストラル、フランスメーカーの文字。 ハワイのチャンピオンが使用しているセールである。 もちろんボードも同一メーカである。 ボード、セールには、ヨット競技のように、スピード競技用、そして、今、崇が使用している、ハワイのチャンピオンボード、波と風を自在に楽しみ操るウエーブ競技用と多種多様である。 崇は、風が、オフショアーと、岸から沖に吹き始めたと感じていた。 波が来そうな雰囲気にもなったので、沖に出て行くことにした。 藤子は、広島駅から、呉に呉線で帰る途中、かるが浜で降りた。 海辺に行ってみた。 ウイドサーフィンを駆る一人の青年が、海の沖に向かって行った。 波はないようであるが、風を受けてものすごいスピードで、沖に向かう。 波を押さえつけるように。 風の受け方を変えながら、どんどん、スピードを上げる。 突然、沖に、ボードの近くに、真ん前に、潜水艦が海面に飛び出してきた。 クジラのように。 巨大な波が出来た。 ウイドサーフィンは、風を後ろから受けながら、猛スピードで、波に突進していった。 ジャンプした。 潜水艦を超えるくらいジャンプした。 ボードとセールと、青年が、夕日に向かう。 見つめる、藤子。 口をついて出てきた。 大波小波、あーした天気にしておくれ・・・ウン? 僕は君の下部、下僕、君が欲しいけれど、素直に口に出せない。自分を憐れんで口に出せない。君が高みに上がる。追い付くのが、精一杯。仕方ない、とあきらめない。出来ないことを一生懸命に探さない。出来ることを探しそれをを信じる。 こんな僕が、同じこの世界にいることを知っているかい?それでも、幸せ面して、人のため、とか言っているのかい?愛が世界を救う、とか、人を愛せよ、とか言えるのかい。 恐怖と暴力の世界から脱出。幻聴、幻覚が欲しいのかい?お前の頭に言葉を分け入れるがそれでよいのか?私が醜いと思うなら、その醜さを刺せ、殺せ。隠れ偽然者に殺されないように、keep out out out近づいて来るな!手なんてつなぎたくない。頭わってやろうか?この悪魔たち。これが周りの人間なのか、神はいるのか?愛はあるか?こんな言葉、誰が考えた?近づくな。シマならいくらでも獲ってやる。勢力ならいくらでも拡大してやる。シマならいくらでも獲ってやる。
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