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◇
1人、2人、3人——次々と相手を倒していく。
アジトに突入した私達は、今アジトの中腹あたりにいる。
ダックス先輩が厄介な相手というだけあって、盗賊団はなかなか手強かった。けど、もう3分の2ほどは倒したはずだ。
息は確かに弾んでいるのに、身体は不思議と疲れていなかった。
——それにしても、何か引っかかる。
この盗賊団のアジト、何処かで見たことがある気がするのだ。それが思い出せない。
それでも奥に進めば進むほど、この既視感は増していく。
無意識に何かに向かっていくような、何か大きなものに絡め取られるような、そんな気分だった。
「ジュリ、そっちはどうだ?」
「全部倒した。そっちは?」
「もちろん全部倒した」
ユージーンの周りには敵がバタバタと倒れている。
ひぃ、ふぅ、みぃ……ユージーンの方が1人多いようだ。
「お前達、ここは制圧した。次の場所に向かうぞ」
班長の指示に従って奥に向かう。
奥に通じる道はそこまで広くはない。大人1人がやっと通れるくらいだ。
私達の班は班長、副班長、ダックス先輩、ユージーン、私の全部で5人だ。他の班も別ルートからアジト制圧にあたっている。
班長を先頭にみんながその後に続く。
その時、私はちょうどユージーンの真後ろにいた。
その道に向かおうとして、視界の端にキラリと光るものを見た瞬間、勝手に体が動いた。
「——危ないっ!」
咄嗟に突き飛ばしたユージーンが前に勢いよくよろめき、驚いた表情でこちらを振り返った。
そしてカッ!と熱い痛みを胸に感じた時、ようやく思い出した。
どうして乙女ゲームのことを思い出したのか、
どうしてユージーンの性格がゲームと違うのか、
どうしてこのアジトに既視感があるのか、
ユージーンの性格を変えたもの……それは、「私の死」だ。
アジトに既視感を覚えたのは、ユージーンの過去の回想シーンでこの場所を見たからだ。
ユージーンは、敵の矢から自分を庇ったジュリ・ストーンという仲間を目の前で失った悲しみと自責の念から、その後に周りの人間——大切な人を失うことに臆病になってしまった。
失うくらいなら最初から要らないと、他人に心を許すことをやめてしまった。感情の起伏も、表情の豊かさも失くしてしまった。
「私」が彼の性格を、彼をゲームの「ユージーン・ミルズ」に変えてしまった。……彼の心を凍りつかせてしまった。
「ジュリ!!!!」
ユージーンの大きな声が頭に響く。
彼の方になんとか顔を向けようとするが、困ったことに身体が言うことを聞かない。目も開けられない。映画やドラマだったら長々と最期の言葉並べてるのに、意外とそんな時間も余裕も無いもんなんだな。
「ジュリ!! おいジュリ!!!」
「ユージーン! ジュリを安全な場所へ!」
ダックス先輩が叫んだ。
間を置かずにバシュッと鈍い音の後に、何か重いものがドサリと落ちる音が矢の方向からした。おそらく私の胸にぶっすり刺さっている矢の持ち主だ。
ダックス先輩が相手を仕留めたのだろう。残党が残っていたなんて、私もまだまだといったところだろうか。
「ジュリ! おい! 目ぇ開けろよ!!」
ユージーンの声がすぐ真上から聞こえる。抱き上げられているのだろうか。
胸から血がダラダラ溢れていて痛いはずなのに、やけにその揺れがゆりかごみたいで心地よかった。
「ジュリ! なあジュリ!!」
閉じた瞼に、いくつかの水滴が落ちてくるのを感じた。
ごめんね、ユージーン。ごめん、ごめんね。泣かないで。
それから、だんだんと揺れもユージーンの涙も何も感じなくなっていった。
……変わらないで、ユージーン。
いつも気怠げでやる気のないアンタだけど、実は周りをよく見てて、相手のことを人一倍考える今のアンタが好きだよ。
それと、いたずらが成功してニカッと笑った顔も好きだ。その後、バレてダックス先輩に大目玉喰らってたのも面白くて最高だった。お仕置きが始末書100枚だった時の顔、今でも忘れない。
アンタは最高の相棒で、最高の友達で、最愛の好きな人だ。
せっかく乙女ゲームのこと思い出したのに、死んじゃってごめんね。
乙女ゲームのヒロイン、めっちゃ可愛いよ。アンタ、可愛い系好きでしょ? 正直、他の女の子とくっつくのちょっとだけ嫌だけど、まあしょうがないよね。
アンタが幸せになれるよう神様に頼んどいてあげる。会えるかわかんないけど。
だから、私をアンタの「傷」にしないでね。
どうせなら、楽しかった「思い出」にしてよね。
不意に思い出すとクスッと笑えるような、心の隅にちょっとだけ存在するような、そんな「思い出」にして欲しい。
意識が深く暗いところへ潜って行くのを感じながら、そう思った。
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