女騎士、同僚が乙女ゲーの攻略対象であることを思い出す。

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◇  ゆっくりと目を開けると、そこは白い天井だった。  ぼんやりとする視界を数回瞬きして、鮮明にしようと試みる。  くっきりと見えるようになると、横に白い服を着た人が居た。こちらに背を向けて、何か作業をしていて、私に気づいた様子はない。 「あの……」  ここはどこですか? そう聞こうとして、自分の声があまりにも(かす)れていて驚いた。  蚊の鳴くような小さな声だったが、白い服の人はこちらに気づいたようだ。  目を丸くして、慌ててこちらに近寄ってくる。 「良かった! 目が覚めたんですね!」 「あの、ここは、グッ、ゴホッ」  白い服の人は女性だった。私の声が掠れているのを見かねて水をくれた。  その時飲んだ水は、ただの水のはずなのに、私には生命の水のように思えた。 「あの……ここは……?」 「病院ですよ。貴女は助かったんですよ! ストーンさん!」  助かった。その言葉を聞いて雲がかかったようにぼんやりとしていた頭がはっきりとしていく。 「そうだ私……矢を受けて……! あ、あの後どうなって、」 「落ち着いてください。まずは先生を呼んで来ますからね」  白い服の女性——看護師さんは優しくそう言うと、部屋の外に消えていった。  それから、私が倒れた後のことを知った。  私はあの後、なんと2ヶ月も目を覚まさなかったそうだ。胸に刺さった矢は不幸中の幸いというべきか当たりどころが良かったらしい。あと少し位置がズレていたら出血多量で死んでいたとお医者さんに言われた。  それと、私が目覚めてすぐに偶然お見舞いにやって来てくれたダックス先輩からユージーンのことも聞いた。  ユージーンは私を医療班に託した後、すぐさま敵地に戻り、なんとたった1人で残りの盗賊団を全滅させたらしい。返り血を浴びて憎悪に染まるユージーンの姿は悪魔だったとかなんとか。  特に私に矢を打った男にはあまりにオーバーキルするので、班長と副班長と一緒に、3人がかりで押さえつけたらしい。 「……あいつを怒らせると相当怖いぞ」 「……ですね」  ダックス先輩とふたり無言で頷きあう。 「でも、お前が目を覚ましてくれて本当に良かったよ」  ダックス先輩は少し苦しそうに笑った。 「この2ヶ月、ユージーンのやつ、一切表情を変えなかったんだ。感情の起伏もない。ただ、淡々と仕事をこなしてお前の見舞いに行って……まるで人形みたいだった」 「…………」  それは私が知る乙女ゲームの「ユージーン」と全く一緒で。少し、泣いてしまった。  突然泣き出した私にアワアワとするダックス先輩に丁寧にお礼を言って帰ってもらい、部屋に1人になる。  ユージーンは明日、来るらしい。今日は非番だったらしいが、非番の日は最近どこかにふらっと1人で消えるので、連絡しようにもできないそうだ。  ……多分、森か川だろうなぁ。ユージーンは落ち込んだことがあると人気のない静かな自然のある場所に行く。そういえばゲームでもヒロインが森とか川に行くと必ずユージーンが出現した気がする。  多分、森か川にいます。ダックス先輩にそう言うと、何故か嬉しそうな顔をされた。「任せとけ!」先輩は力強くそう言ってくれたが、果たして見つけられたのだろうか。  ぼんやり天井を眺めながら、私が助かったのはどうしてか考えてみる。ゲームでは死んでいたはずだ。  バグか何か、それともこの世界は似ているだけでゲームの世界ではないのか……。  ふと首元の青いネックレスを握る。このお守り、効果絶大だったな。やっぱり幸運値アップは伊達じゃない。命まで救ってしまうのだから。  色々考えてしまうけれど、私が助かったのはヴェーダの石のお陰だと思うことにした。なんだか、それが一番しっくりくるのだ。  石に施された金細工をゆっくりとなぞる。 「……会いたいなぁ」  そう呟いた瞬間、ガチャ!と勢いよく部屋の扉が開いた。 「ジュリ!!!!」  何かが弾丸のように私のベットに向かってくる。  驚いている間に、私の身体は抱きしめられていた。 「ジュリ……ジュリ……」 「ユージーン……」  ユージーンだった。ほんのり木の葉の匂いがする。さては森へ行っていたなと思うと同時に、知らせてくれたのだと、ダックス先輩に感謝する。  ユージーンの身体をキツく抱きしめ返す。その身体は随分と前より痩せていた。 「ジュリ……ジュリ……死ぬな……!」 「生きてるよ。私はここにいるよ、ユージーン」  身体を離して、その顔を覗き込む。  その瞳は涙に濡れていて、そこに映る私も泣いていた。 「あのね、アンタのお守り効果絶大だったよ。ありがとね」 「ああ」 「心配かけてごめんね、もう大丈夫だから」 「ああ」 「私がいない間、みんなに迷惑かけなかった?」 「ああ」 「……ちょっとアンタ、“あ”しか話せないの?」 「ああ」 「…………」  痺れを切らした私は、ユージーンの顎を掴んで、キスをしてやった。  唇を離すと、今度は目を丸くして固まっている。 「目が醒めた?」 「……ああ」 「あのねぇ……」 「……かい」 「え?」 「もっかいしろ」 「なっ——!」  そう言うと、私の唇に齧り付くようにユージーンはキスをした。お互いの存在を確かめるように、深く、深く、何度も。  ようやく唇を離した時には、息はすっかり上がっていた。 「ハァ、ハァ……私、一応、怪我人なんですけど……」 「……お前からしたんだろ」  照れを隠すためか単にそうしたかったのか、再びユージーンが私を抱きしめる。  こちらが抱きしめ返すと、ユージーンは私が生きていることを改めて確認するように、より一層強く抱きしめた。 「……なあ」 「ん?」 「もう、どこにもいかないか?」 「……うん、ずっと一緒にいるよ」 「ずっとか?」 「ずぅっと、ずぅっと、アンタがうんざりするくらいにね!」 「……そうか」 「……何、そこはツッコんでよ」 「……いや、そうなると嬉しいから」 「…………」 「……ジュリ?」 「……Mなの?」 「違う」  そんなバカみたいな会話をしながら、これからもずっと、ユージーンとこうして生きていきたいなと、私は思った。
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