女騎士、同僚が乙女ゲーの攻略対象であることを思い出す。

1/5
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 私の名前はジュリ・ストーン。歳は22、職業は騎士だ。  私には前世の記憶がある。  信じられないだろうが、あるのだ。さすがに人には言わないけど。病院に連れていかれるだろうな。  思い出したのはつい最近、1ヶ月前だ。  前世の私は平凡な女子高生だった。記憶といっても断片的なもので、前世の名前や両親のことや死んだ理由などはまったく覚えていないが、妹が1人いたことは覚えていた。  中でも特に覚えているのは、その妹に勧められて始めた、ある乙女ゲームのことだ。  我ながらもっと覚えておくべきことがあるだろうと思うが、それしか覚えていないのだからしょうがない。  そのゲームの名前は『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』といって、私がいるこの世界と非常によく似ている。  このゲームは異世界からやってきたヒロインが、この世界(前世でいうところの近世ヨーロッパに似ている)で俺様、ツンデレ、ヤンデレ、クールの4タイプのイケメンと恋をするというよくある乙女ゲームだ。  それだけだったなら別にいい。ジュリ・ストーンという名前はゲームでは聞いたことがないし、ゲーム自体もキャラとの親密度を高めていくことに重きが置かれていて、ヒロインが聖女的なもので魔王が目覚めて世界が滅ぶ云々……とかいうRPG要素もなかったので私に実害はない。  だが1つだけ、気になることがある。  それはゲームの中に出てくる攻略対象者の1人、ユージーン・ミルズについてだ。  ユージーン・ミルズの簡単なプロフィールを説明しよう。  ユージーンはゲームでいうところのクール担当だ。彼は27歳という若さながら騎士団長を務める。その性格は常に冷静沈着、感情の起伏や表情の変化は乏しい。仕事はできるし、部下の信頼は厚いが、他人に自分の弱みを見せず、心を許すことはない。いわゆる氷の男だ。  プレイヤー改めヒロインは凍てついたユージーンの心を徐々に溶かし、開かせることで攻略していくのだ。  それで、ユージーンの何が気になるかというと…… 「おー、ジュリ。早いな」  向かいから歩いてくる男が軽く手を上げて私に挨拶する。彼はユージーン・ミルズ、私の同僚だ。  そう、「ユージーン・ミルズ」だ。ただの同姓同名かと思っただろうか? 幸か不幸か、顔もまったく同じなのだ。  しかし問題はそれだけではない。 「おはよユージーン。またダックス先輩に大目玉くらったんでしょ」 「いやぁ、あの人もからかい甲斐があるよな」  ニヤリとユージーンは人の悪い笑みを浮かべた。  ……お分かりいただけただろうか。  ゲームの中のユージーンと、この世界のユージーンは性格がまったく違うのだ。前者が氷の男なら、後者はぬるま湯のような男だ。  ゆるくていつも気だるげで、怒りっぽいダックス先輩に悪戯をするのが最近のマイブーム。勿論そのあと大目玉を食らうまでがワンセット。そのくせ剣の才は一流で、何だかんだ周囲から一目置かれているのがムカつく私の同僚。それが私の知るユージーン・ミルズだ。  今のユージーンは私と同じ22歳。つまりゲームが始まるまであと5年あるわけだが、5年でここまで人の性格が変わるものなのだろうか。何か引っかかる。  ……まあ、そうは言ってもいつまでも考えていても仕様がないので、頭の中の疑問は隅においやる。  頭を切り替えて、私はユージーンのいつもの軽口に返事をした。 「先輩に今度は何したの?」 「さてねぇ」 「うーわ、それだけで分かるわ。アンタが悪戯の中身言わない時って大体エグいやつでしょ」 「ジュリにも手伝ってもらったって言っといたぞ」 「ハァ⁉︎ 何勝手に共犯者にしてくれてんの!」  怒りに任せてユージーンにパンチをお見舞いしようとするが、何でもないようにヒラリとかわされてしまう。 「おー怖い怖い。こんな時はさっさと退散するに限るね」 「後で覚えときなよ! ユージーン!」  走り去る背中に叫ぶ。  ひらひらと右手を振る後ろ姿に、私は盛大な溜息をついた。  ……やっぱりゲームのユージーンとは他人の空似なのだろうか?
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!