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ある冬の夜、その日は昼間から雪が降り始め、Tさんの家の庭には数十センチもの雪が積もっていた。
明日は雪かきのために早起きをしなくては、と床についたとき、
「ザクッザクッザクッ」
庭から、雪を踏みしめる足音が雨戸越しに聞こえてきた。Tさんの部屋は1階にあるので、庭の音がよく聞こえる。
家族はすでに、みんな各自の寝室にいるはず。
だから、足音の主は家族ではない。
例の約束事を思いだし、
「熊なんかだったら怖いから、このままやり過ごそう」
そう思ってTさんは頭から布団を被った。
「ザクッザクッ……」
足音は、まだ続いている。しかも、心なしか足音はこちらへ近づいてきている気がする。
しばらく目をつむったまま、Tさんはその音に耳を澄ませていた。
すると、
「ザクッザクッザ……」
不意に、足音が止まった。
雨戸の向こう、すぐそこ。窓と雨戸を挟んだすぐそこで、足音の主が立ち止まっているようだ。
「まさか、窓を突き破って襲って来ないよな」
不安になったTさんは少しでも窓から距離を取ろうと、布団から出て、窓と反対側にあるドアの方まで後ずさりした。
そのとき、
「キイッ、キイッ、キイッ……」
雨戸を爪で引っ掻くような、甲高い音が聞こえてきた。
いよいよ恐ろしくなったTさんだったが、年頃ということもあり、すぐに両親たちに助けを求めるのは嫌だった。
そこでTさん、2階の窓からなら、庭を見下ろせることを思い出した。
2階から見るだけなら、どんな獣がいても怖くない。
それに、音の主が猿などであれば、恐れる必要もなくなる。
Tさんは部屋を出ると、電気もつけずに階段を上がり、真っ暗な廊下の窓から、庭を見下ろした。
「え……?」
思わず、呆けたような声をあげてしまったTさん。
それもそのはず。
降り積もった雪が月明かりや街灯などの明かりを照り返し、庭は夜にしては明るかった。にもかかわらず、Tさんの部屋の前にいる、あの音の主であろう存在は、まるで墨汁が形を得てそこに立っているかのように真っ黒だった。
しかも、それはどんな獣でもなく、人間の形をしている。
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