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「これはさすがに、ちょいひどくないっすかね……」
林田は、圭太が紹介した物件に難色を示した。圭太は林田のために再度、不動産屋用の物件紹介サイトと、さらにサイトに掲載されていない物件を電話で大家にあたり、保証人なし、フリーターでもOKなアパートを探し出し、林田を内見に連れてきた。ただ、圭太が当初、林田に紹介した3つの物件の条件の悪い所だけを集めたようなアパートになってしまった。つまり古い、狭い、不便、三つの悪条件が揃いかつ、家賃はものすごく安いというわけではない4.8万円。しかし、圭太も一生懸命探した物件に対してこうあからさまに難色を示されると良い気持ちはしなかったが、
「ぼくの力不足でもあります。すみません。ですが、一度お住まいになられて、改めてアルバイトから正社員登用などのステップアップや、家賃滞納なしの実績を作られてから、もっと条件の良い所へ移ることもできますから……」
と少しでも林田が前向きになるように説明した。
「なるほど、これが今のオレの実力ってことか……ところで下野さんは、今一人暮らし? 」
「ぼくは実家です。会社には家から通えるので、恥ずかしながら今も親元にいます」
「いいなぁ。神戸なら大阪にも出られるし、わざわざ出る必要ないでしょ。オレの実家豊岡のド田舎やし、高卒で介護施設に就職したけど、退屈でこのままずっとこうなんかと思ったら……」
圭太は、それに何と返せばいいかわからなかった。生まれた場所や親の経済状況で、人生の選択肢が大きく変わってくることを、初めて実感していた。だがネットがあれば、買い物などは、神戸と豊岡でさほど変わらないはずだし、遊ぶといっても学生ならまだしも社会人は時間がない。自分もみはるも、慌ただしい日々でデートもままならないのが現状だ。圭太は、なぜ林田がこれほど神戸に出てくることにこだわっているのかよくわからなかった。でも自分自身が、今までどれだけ親や周囲に守られていたこと改めて自覚させられた。フリーターの時も、就職した時も家から通えるから実家にいるのは、親からしても当たり前のように思われていたし、みはるからも実家に居られるうちに貯金したほうがいいよと言われて、ぬくぬくと実家暮らしを続けていたのだ。そんな自分が林田にどう言葉をかけても薄っぺらな励ましになりそうな気がして、圭太は沈黙を破れずにいた。すると林田が、
「下野さん、すみません。じつはぼく午前中に別の所で物件の紹介受けてて、で今のとどっちにするか考えようと思ってたんです。午前中に見たほうがいい感じやったし、そっちにしようかなって……色々探してもらったのにすみません」
と、いきなり別の方向に話を切り出してきた。圭太は林田に物件を紹介できる他の不動産会社があったのかと驚き、
「そうなんですね……ちなみに、どちらの不動産会社でお決めになったのか聞いてもよろしいですか? 」
と尋ねた。林田が言うには、ネットカフェに滞在している間にある男性と出会い、なかなかアパートを借りられない事情を話すうちに親しくなり、男性は神戸で顔が広く、アパートを紹介してやると林田に持ちかけてきたということだった。そしてその代わりに男性が経営する会社を手伝うバイトをしてほしいと頼まれている状況だった。圭太は一瞬でその話は地獄への第一歩だと察知した。そして、
「ええと、エイブリーとかズーモとかではなく、個人の会社なんですね。場所は三宮ですか? おいくつぐらいの男性で、その人のお名前は? すみません、ぼくも就職したばかりで同業他社に詳しくなくて……」
と、林田に探りを入れた。
「そう、三宮っすよ。すみません、会社名ちょっと忘れちゃってて……、40代くらいで名前が遠藤さんです」
「キャップ被っていて、これぐらいの背丈の人ですか? 」
圭太が身振りを入れながら確認し、林田は特に何も疑う様子はなく、うなずいた。
そして圭太の嫌な予感は確信に変わった。圭太も「遠藤」については、みはるからもう終わった事として話を聞いていた。三宮に巣くう小悪党で、詐欺や怪しい商売をしていて、みはるの顧客が遠藤と関わったせいで、みはると圭太の事が遠藤に知られているのだ。そしてみはるから就職先が三宮だから念のために言うが、絶対に関わるなと言われていた。
「林田さん、もう少しだけお時間くださいませんか。きっとその遠藤さんより、良い条件の物件を探しますので。それとも、もう契約書にサインをしたんですか? 」
「いや、実は契約しようとしたら、遠藤さんのほうにちょっと急用が入って、契約は明日の午後になったんです。14時にJR三宮駅の中央口にあるベリカフェで待ち合わせてて。もしそこに来なければ他の人に物件を紹介するって言われてて……」
圭太はさすが悪党、考える時間を与えようとしない所がますます怪しいと思った。紹介した物件に住まわせ、バイトと称して林田に何をさせようというのか、恐らく怪しい荷物の受け渡しや受け子、よくてマグロ漁船的な仕事、もっと悪けりゃ薬に関わる何かかもしれない、と圭太にも簡単に想像はついた。遠藤は直接自分の手を汚さずに、家族の目が届かず、土地勘もない林田を汚れ仕事に利用する気だと圭太は考えた。そんなことになったら、林田の行きつく場所は神戸ではなく刑務所になる。
しかしまだ時間はある。遠藤は林田よりもっと大事な案件で気を取られているようだ。以前みはるから奪った資産家の顧客か、それとももっと別の悪人相手かは知らないが、圭太は明日の午後までに何としてもこの契約を阻止したいと思った。良い物件が見つかる保証はないが、今ここで遠藤が紹介する物件のことを怪しいと全否定しても、林田はきっとライバル会社の妨害としか据えないだろうと予測したので、圭太は林田に「騙されてる、目を覚ませ」などとは言わなかった。
「では林田さん、明日日曜の午前中にもう一度連絡します。それを見て、最終的にお決めになってください」
圭太は威勢よく林田に告げた。
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