第二章

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あの後話し合いを重ねた私たち家族は、美咲を店の後継者にするということで話を落ち着けた。 押しつけるようにして渡してしまった"後継者"という肩書きに罪悪感がないわけではない。でも、美咲自身が店を継いでも構わないと言ったのだ。 それに、私と店との関わりが絶たれたわけではない。私は私で、父から経営について学ぶことになった。「万が一のために備えろ」という父の言葉があったからだ。 漫画家になる、という夢はそう簡単には捨てられないけれど、かといって容易に叶えられるものでもない。だから、これは「もし駄目になったら店で働け」という父なりの優しさなのだと思う。 「お姉ちゃーん!ちょっと手伝って!」 結局捨てられることのなかったノートとスケッチブックを捲りながらそんなことを考えていると、階下から美咲の声が響いてきた。 「なーにー?」 叫ぶようにして尋ねると、「新しいポップ!描いて!!」と叫び返される。 そういえば、今日は新しいボールペンが入荷する日だった。一本三千円と少し高めのそのボールペンは、美咲が選んで発注をかけたものだ。一つが高いだけに売れなければ経営に響いてしまうし、何より美咲が悲しむ。それならば取り除ける不安は取り除いておくべきだろう。そう思い、私は机の上に出しっぱなしにしてあったペンケースを手に取る。 「今行くー!」 大きくそう告げると、それに負けないくらいの大声で「はやくしてー!」と美咲が叫ぶのが聞こえた。 慌ただしく自室を飛び出しながら、私は新しいポップのデザインを考える。 高価なボールペンなのだから、ポップも安っぽくしない方がいいだろう。カラーペンでカラフルに彩るよりは、ラメペンで金の縁どりをつけた方がいいだろうか。イラストも、マジックで描くよりはGペンを使った方がそれっぽくなるかもしれない。 ――やっぱり、誰かのために絵を描くことは楽しい。ポップだけではなく、漫画だって同じだ。それを見て、喜んでくれる人がいるから描きたいと思う。 その気持ちに気付かせてくれたのは、いつも私のそばにいる美咲と――それから、花束を作ってくれた花影さんだった。 「美咲」 階下に降り立ち、商品棚の前で品出しをしている美咲の後ろ姿を見つめる。そして、店内に誰もいないことを確認すると小さく呟いた。 「いつもありがと」 「え?」 私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、怪訝そうな表情で美咲がこちらを振り返る。 「……何か言った?」 「ううん、なんでもない」 改まって感謝の言葉を伝えても良かったのだけれど、それをしたら美咲が照れて使いものにならなくなってしまいそうだ。そう思い、何事もなかったかのようにレジカウンターのそばにある椅子に腰を下ろす。 そして、その下から一枚の画用紙を取り出した。 真っ白な画用紙に、一つずつ線を描き足していく。そうする度に、胸の内からわくわくが溢れ出す。 どうか、私のポップで少しでも多くボールペンが売れますように。そんな願いを込めながら、私はペンを走らせるのだった。
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