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第二章
「ただいま〜」
そう声をかけながら階段を上がっていくと、「おかえり!」という元気な声が私を出迎える。
「こんな寒いのに相変わらず美咲は元気ねぇ」
思わずそう溢すと、美咲は「お姉ちゃんおばさんくさいよ」なんて言ってくすくすと笑い声を上げた。
「私はさっきまで動いてたからむしろ暑いくらいなんだけど」
言いながら、暑さを思い出したように美咲が制服のブレザーを脱ぐ。
「動いてたって、今日は店番じゃなかったの?」
うちは家族ぐるみで文房具店を経営しており、一階は店になっている。
午前は母と父が、学校が終わった夕方から美咲が店番をする、というのが常であるのだが、今日は違ったのだろうか。疑問に思って尋ねると、美咲はふるふると首を横に振った。
「ううん、店番はちゃんとやってたよ。でも、途中で店の前に落ちてる枯れ葉が気になり出しちゃって」
「店をほったらかしにして掃き掃除してたの?」
さすがにそれは駄目だろう。そう思い、咎めるような目で美咲を見る。すると、美咲は「違うってば!」と大きな声を上げた。
「ちゃんとお母さんに店番頼んでから出てきたし!」
「そう?それならいいけど……」
薄手のコートをハンガーにかけながらちらりと窓の外に目を向ける。すると、風に舞ってひらひらと落ち葉が飛んでいくのが見えた。
「……確かにこれはちゃんと掃除しないと凄いことになりそう」
私がそう溢すと、美咲がほら見たことかと言わんばかりの顔でこちらを見た。
「だから言ったじゃん。お客さんだって落ち葉まみれのところを通って店に入るのは嫌でしょ?」
「それもそっか。お疲れ様、美咲」
労いの気持ちを込めてそう言うと、美咲は照れたようにそっぽを向く。
「いや、別に……。だって、この店は私が継がなきゃだし」
ぼそりと呟かれたその言葉に、私の胸はズキリと痛んだ。
「ごめんね。店のこと、美咲に押し付けるみたいになっちゃって」
古臭い考え方かもしれないけれど、うちの店は代々一番上の子どもが継いでいる。つまり、本来ならこの店は私が受け継がなければならなかったのだ。
しかし、私が謝罪の言葉を口にすると美咲は「お姉ちゃんのせいじゃない!」と先ほどよりも数倍大きな声で叫んだ。
「お姉ちゃんの夢を後押ししたのは私だし……。それに、私はこの店が好きだから。継ぐのは嫌じゃないんだよ」
「……うん、ありがとう」
ずっとずっと憧れていて、けれど叶うことはないだろうと思っていた私の夢――漫画家になる、という夢を後押ししたのは他でもない美咲だった。
ひらひらと舞う落ち葉を眺めながら、私はあの日のことを思い出す。照りつける日差しがじりじりと肌を焼く、あの夏の日を。
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