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エジプト神話と秘密教団
平日の午前中とあって、市内の中央図書館は閑散としていた。
私たちが陣取ったのは、大きな窓際の席だった。
春の心地よい日差しが差し込んで、積み上げられた書籍の山を仄白く照らす。
私と右京は新たな情報を掴もうと格闘していた。
「“ホルスの守護者”については大体わかったよ。恐らくホルスの四人の息子のことを指してるんだと思う。別名、“王の棺の守護者たち”。まずホルスってのは、平たく言うと、古代エジプト神話における一番偉い神様だ。古代のエジプトでは、死んだ人も、肉体が保存されていれば、いずれ生き返ると考えられていた。だから、人工的に自然乾燥させて長期間、死体の原型をとどめておく埋葬法が考案されたんだ。しかし、いくら死体を脱水状態にして急速乾燥させても、どうしても腐敗が始まってしまう。なぜなら、人間の内臓が液化して、そこに細菌が繁殖するからだ。完璧なミイラを保存するためには、この問題をどうにかしなきゃいけない」
「どうしましょう」
「埋葬する前に取り出したんだ。復活に最も重要とされる腸と肺と胃、そして肝臓を。そして防腐処理をして別々の容器に保管した。カノプス壺と呼ばれる容器にね。この壺を守るのが、ホルスの息子たちだ。彼らは、名をケベフセヌエフ、ハピ、ドゥアムテフ、イムセティといい、それぞれ、腸、肺、胃、肝臓を守る存在だと考えられていた。だから、古代エジプトの人々は偉大な王が亡くなると、臓器を取り出し、四つのカノプス壺に収納してから、本体をミイラ処理したんだ。そして、カノプス壺の蓋には、ホルスの息子の装飾が施された」
「どう考えても重要なのは、脳と心臓だと思うけど?」
「ところが、当時のエジプト人はそうは考えていなかった。例えば、死んだ王の脳はどうしたと思う?鼻から棒状の物を突っ込んで、散々かき混ぜてゼリー状にしてから吸い出したんだ」
「おえっ」
私は両手で首元を押さえた。
「要するに、“ホルスの守護者”ってのは例えなんだと思う。ホルスの息子たちが、王の臓器を守ったように、何かを守るもの、っていう意味なんだろう」
「清信君も何かを守ってたのかな?」
「さあ、それはわからない。文献から読みとれるのは、そこまでだ。さて、瑞希の番だ。悪魔のスケッチについては何が分かった?」
右京に促されて、私は鼻を膨らませた。
「でんっ!!」
私が突き出したのは、表紙に例の悪魔の絵が描かれた分厚い書籍だった。
「おおっ、まさにあの絵の通りじゃないか!その本の内容を教えてくれ!」
「いいですか、この本の著者はエミリヤー・シオルーンと言うルーマニアの思想家でございます。1913年に生まれ、そして1993年に亡くなりました。そして、この本は、シオルーンによる哲学書でございます」
「ふむふむ、それで?」
「以上です」
「は?」
「は?」
「いやいや、その本の内容を教えてくれないか? その本が哲学書なら、特定の思想が陳述されているかもしれない。犯人の行動原理に影響するような思想が読み解けれるかもしれない」
私は肩をすくめる。
残念ながらシオルーンの哲学書は、私にとってあまりにも難解だった。
何となく概要を理解できても、普段から漫画とラノベしか読まない私にとって、第三者にこの本の内容を言語化して伝えるのは至難の業だった。
私の表情から何となく察したのだろう。右京はいつもより激しめに頭をかいた。
「なんてこった……、俺が一から読み直さないといけないのか」
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