ペンローズタイルとスケッチ

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私は中学生で登校拒否になった。そして、食べられなくなり、外に出られなくなった。 何度も自ら命を絶とうとして、病院で保護されることになった。 もはや、当時の記憶はよく思い出せない。 なぜ、他の誰でもなく、私が標的にされたのか。 なぜ、クラスメイト達は、悪意の刃で私の心を切り刻んだのか。 恐らく、思い出すことを脳が拒否しているのだと思う。思い出すと、私は私でいられなくなるのだろう。 思春期のいじめの経験は、人生そのものを変えてしまう。 治療を経て正常な心を取り戻しても、すぐに元のレールに戻れるわけではない。 正常な心を取り戻して目覚めた先は、元のレールから遥か彼方にある荒涼とした荒地なのだ。 元のレールへと続く道を懸命に探すが、目に映るのはどこまでも続く荒れ果てた砂と石の大地だけ。 恐らく、一人きりで生還するのは不可能だろう。 その点、私は本当に運が良かったと思う。 闇に沈んだ荒地を彷徨う私の腕を、しっかりと掴んで、元のレールへと導いてくれる手があったから。 私は右京に目を移す。 少年の部屋を(あらた)めるその眼差しを見て、私は確信する。 きっと少年は見つかる。なぜなら右京が本気だから。 彼が本気で少年を救い出そうとしているから。 私を絶望から救い出したときと、全く同じ眼をしているから。 「見ろよ、瑞希。こいつはすげえぞ」 右京の声ではっと我に返る。そうだ、今は感傷に浸っている場合じゃない。 散乱したスケッチブックの中から右京が見つけたのは、芸術作品のように美しい幾何学模様だった。 私はその絵をすぐにスマホで画像に保存した。 広汎性発達障害、アスペルガー症候群、サヴァンシンドローム…… 様々な名称が私の頭を駆け巡る。 没個性と同調圧力が支配する学校生活の中で、彼の個性は際立ったに違いない。 発達過程にある子供たちにとって、マイノリティは忌まわしくて、禍々しい不吉の象徴だったかもしれない。 清信君は一人きりで傷ついて疲れ果て、たった一つの安寧の世界に逃げ込んだのだろう。 彼が最も心安らぐ場所。誰の手も決して届かない、数学の花園に。
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