エジプト神話と秘密教団

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「あ、シオルーンじゃないか。あんた、ペシミズムに興味があるのかい?」 いがみ合う私たちに割って入る声がした。 見上げると、黒ぶち眼鏡に七三分けの中年男が立っていた。 「いやあ、実は私もヨーロッパの哲学、思想に興味があってね。まあ、趣味の範疇だけどね。なかなか、シオルーンに興味を持っている人はいないもんで、なんだか、嬉しくなって、つい声をかけてしまった。いや、迷惑でしたな、勉強中すいませんね…」 軽く手をあげてその場を後にしようとする中年男を、私は強引にひき留めた。 「全然っ、迷惑じゃありません! シオルーンについて知りたかったんです! 是非教えてくれませんか? そのフェミニズムっていうやつ」 私の依頼に男の顔がパッとほころぶ。 「えっ、そう? そういうことなら……。あ、私、実田兼次(さねだかねつぐ)といいます。ちなみに、フェミニズムじゃなくて、ペシミズムね…」 そういうと、実田は七三を素手で撫でつけてから、私の隣の席に陣取った。 こほん、と、わざとらしい咳払いをすると、実田は僧侶のような面持ちで話し始めた。 私たちは実田の丁寧な解説に我を忘れて聞き入った。 「エミリヤー・シオルーンはルーマニアに生まれた。厳格な司祭である父と、貴族の出身である母との間に育てられ、シオルーンは幼少期を何不自由なく暮らした。国内の大学に進学してからは、彼は書物を読み漁り、先人たちの様々な哲学思想を吸収した。中でも、エマニエル・カントやフリードリヒ・ニーチェ、ショーペンハウアーなどの偉大な先人たちの厭世的(えんせいてき)思想に強く影響を受けた。やがて、彼はフランスの名門大学へと留学する。彼はその地で、厭世思想を究極にまで突き詰め洗練させた。以降、彼は近代ペシミストの旗手として、数々の作品を著し、独自の世界観を世に訴え続けることになる」 「いきなり、話の骨を折って恐縮なんですが…、その厭世的とか、ペシミストっていうのは一体どんな思想なんですか?」 「例えば、君が本屋に行き、自己啓発書の棚の前に立つ。(おももむろ)に一つの本をめくって流し読みすればいい。そこに書かれている内容は大体同じだ。世界を認識する見方を変えなさい、世界に対する関わり方を変えなさい、あなたの価値観と行動の変容により、世界はあたかも鏡の如くその姿を変え、あなたの前に全く新しい意味を持って現前する。すなはち、世界は基本的に善なるものからできており、世界の本質は尊いものだと」 確かにその通りだ。私は、無言で大げさに頷いてみせる。
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