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刺青を探せ!
平日の午後にもかかわらず、どういう訳か明らかに未成年を含むたくさんの訪問客たちで、そのエリアは賑わいを見せていた。
小洒落たカフェや雑貨店、若者向けのブランドショップが軒を連ねる大通り。
流行に疎い私にとって、そこは何とも居心地の悪い場所だった。
この小さな市内だけでも、タトゥースタジオは二軒見つかった。
最初の店舗はすぐに見つかった。通りに面したガラス張りの扉。店内は、予想に反して、白を基調とした清潔な空間で、壁にはアメコミのヒーローを描いた複数のポスターが綺麗に額に入れられて、飾られていた。
まるで、ヘアーサロンと見違うほど洗練された内装だった。
白いストローハットにアロハシャツのスタッフが、私たちを出迎える。
シャツの袖からのぞく両腕の和彫り模様に反して、そのスタッフはこちらが恐縮するほど丁寧に、私たちをもてなしてくれた。
何となく身構えていた私は、少し拍子抜けした気分になった。
それから、私と右京はウッドテーブルに向かい合って、カタログを凝視する。
そこには、スタジオがこれまでに手掛けた作品の一覧写真が掲載されていた。
じっくりと時間をかけて、一つ一つの作品を確かめる。
タトゥーと言えば、私には任侠映画に登場する、いかつい和彫りしか思い浮かばなかったが、最近はいろんな種類があるらしい。
禍々しくてホラーチックなデザインや、暗示的な記号、どこか南の国の少数民族を思わせる伝統的モチーフ、さらには、日本の有名なアニメキャラが描かれた愛らしいものまで……。
私はその種類の豊富さとクオリティーの高さに圧倒された。
私の体にタトゥーを入れるなら、どんなデザインがいいだろう?
私は想像を巡らす。残念ながら、手元にあるカタログの中に私の理想のデザインは見つからない。
ふと、頭をよぎるものがある。それは清信君の部屋で見た、抽象的で美しい幾何学模様だった。
“繰り返しのパターンを回避しながら二次元平面を覆い尽くす図形の組み合わせ”
何と神秘的で謎に満ちて壮麗なデザインだろう。あのデザインは、清信君によって作り出されたものじゃない。
それは時間や空間を超越して、確かに存在していた。
清信君は知性のサーチライトでそれを探し当て、自らの手で具体化したんだ。
私は得も言えぬ恍惚とした気持ちになって、さらに空想を巡らせる。
サークル状に展開していく平面充填の幾何学デザイン。私の背中に描かれるのは左半分の半円世界。そして、残りの右半分は……。
私と右京が裸で並び立ったとき、ただその刹那においてのみ、真理のサークルはこの世に完全な姿を現すのだ。
「おい、聞いてんのかよ」
突然の声に、ハッと我に返る。右京が怪訝な顔で覗き込んでいる。
「だめだ、ここには例のタトゥーの手がかりは無い。次に行くぞ」
席を立つ右京。私は慌ててスタッフにお礼を言うと、駆け足で右京の後に続いた。
「どうしたんだ? 心ここにあらずって感じだったぞ。寝不足か?」
「え、あ、ああ、まあそんなところかな」
「ところでさあ、お前のさっきの顔…」
私の心臓がドキリと高鳴る。
「な、何よ……」
「すっげえ、気持ち悪かったぜ。」
こいつ、絞め殺しちゃおうかな。
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