19人が本棚に入れています
本棚に追加
演繹
『たまげたな、こりゃ。紛れもなくルーマニア語で書かれた単語の羅列だ。シオルーンのアフォリズムだよ』
刺青の写真を送信してすぐ、実田から返信メールがあった。
人気のない喫茶店。カウンターから最も離れた席で、私と右京は向かい合ってスマホを覗き込んでいた。
私はすぐに質問を入力する。
『何ですか? アフォリズムって』
『真理について簡潔に言い表す文学形式の一種だ。まあ、格言みたいなもんだな。この刺青はアフォリズムの中から、さらにキーワードになる単語だけを抜き出している。ほれ、この腕には“人間時代” “脱出” “神々”という単語が並んでる。元のアフォリズムは確か、“突然、歴史終了後の世界に出て、人間時代から脱出すると、神々が大爆笑しているのを見た”みたいな感じだったと思う。こいつは、生粋のシオルーン信者とみたね』
『この、胸の所に、他の文字より大きく四つの単語が記されていますよね。これもシオルーンのアフォリズムと関係があるんですか?』
私は写真の大胸筋に記された四つの単語をもう一度確認した。
“Magie” “Inteligenta” “Perspicacitate” “Suliţă”の文字が並んでいる。
明らかに、それらの文字は他より大きく表記されており、重要な意味を持っている可能性が高く思えた。
しかし、スマホの向こうの反応は芳しくなかった。必死に思い出そうとしているようだが、該当するアフォリズムに思い当たらないらしい。
『胸に書かれている単語は、それぞれ“魔法” “知性” “洞察”、そして“槍”だ。私の知っている限り、これらの単語をすべて含んだシオルーンのアフォリズムは存在しない』
右京が私からスマホを奪い取ると、急いで質問を入力する。
『ホルスの守護神をご存知ですか? 古代エジプト神話に登場する神々です。この神様は全部で四人いるんです。四つの単語と、なにか、繋がりのようなものに思い当たりませんか?』
『ホルスの守護神だって? それに、この被写体には首に悪魔の刺青があるね……ちょっと待ってよ、今から記事を探してそっちに送信するから。きっと、びっくりするよ。っていうか、もうおじさんが仰天しちゃてるんだけどね』
私たちは固唾を飲んで、実田からの追伸を待った。
実際の待ち時間は十分ほどだったが、私たちには数時間にも感じられた。
スマホが振動してメールの着信を告げると、私たちはいっせいに飛びついて、したたかにお互いの頭をぶつけた。
『今から、ある記事を送る。その前に、おじさんにも話してくれないか? 君たちは一体何を探してるんだ?』
私たちは正直に、事の成り行きについて説明することにした。
最初のコメントを投稿しよう!