演繹

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『……ということで、私たちは失踪した少年の行方を追っているんです。時間が無いんです。どうか、力を貸してください』 実田からの返信メッセージは無かった。代わりに、あるネット記事のコピーが添付されていた。 その記事は、例の如く異国のアルファベットで書かれており、私たちには解読のしようが無かった。 記事の中央には、白黒の写真が掲載されていた。 その写真には、警察と思しき面々に連行される、若い白人男性の姿が写っていた。 まるで挑発するような不敵な笑みを浮かべて、カメラを見据えている。そして… スマホが振動し、実田のメッセージが遅れて表示される。 『今しがた送ったのは、スロベニアの新聞記事だ。一か月ほど前のものだが。その記事は、スロベニア国内を震撼させた、ある殺害事件について書かれている。殺されたのは、国内では知らぬものはいない超有名天才ピアニスト。名をニーナ・ガロアという。彼女はまだ十四歳だった。類い稀なる音楽の才能に祝福された彼女を、人々はなんと呼んでいたと思う? なんと“リュブリャナの魔法使い”だ』 魔法!! 男の胸に彫られた四つの単語の内の一つだ! 私たちは急いで、メールの続きを読む。 『彼女はスロベニアの首都にある、高級ホテルで暗殺された。犯人はすぐに捕まった。記事の写真に写っている若い男だ。男は警察に連行される途中、待ち受けていたテレビカメラに向かって、大胆にもメッセージを送ったんだ。彼はカメラに向かってこう言った。“魔法を司る守護者を葬ったぞ! 同志たちよ、必ずやり遂げろ!!” そして別の写真には犯人の手の甲に彫られた刺青がはっきりと写っている。シオルーンの哲学書の扉絵を飾る悪魔の刺青が」 私はあまりの衝撃に言葉を失った。通いなれた通学路から始まった日常的なミステリーが、今や国際的な陰謀と結びつこうとしているのだ。 『その犯人の情報は、他にもっとないんですか?』 『国選弁護人に語った内容が、少しだけ記されている。彼は、神の使いから神託を受け取った。神の命令によって、ニーナを殺害したと説明したらしい。それ以上の情報はもはや得られない。犯人の男は拘置所で首を吊って死んでしまったんだ。いいかい、君たちは闇に包まれていたシオルーン秘密協会の尻尾を捕まえたんだ。この残忍なカルト教団の手が、この国にも及んでいたことを突き止めたんだよ』 私は丁寧にお礼を重ねてから、実田との通信を終えた。 気が付くと、喫茶店の店員が傍らに立っていた。 「あの、一葉瑞希様でいらっしゃいますか?」 突然、自分の名前を告げられて、私はギョッとした。 「はい、そうですけど……」 「お知り合いの方から、電話が入ってますが…、どういたしましょう?」 私と右京は顔を見合わせる。それから、店員に促されて、カウンター席の固定電話の受話器を取った。 聞こえてきたのは、低い男の声だった。 『一葉瑞希だな。探偵ごっこはその辺にしとけ。無駄な詮索を続けるなら、生まれてきたことを後悔させてやるぞ。あの少年と同じようにな』
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