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私は勇気の欠片を胸に集めると、右京を押しのけた。
そして半回転の取手を引いて扉を引き開ける。
瞬間、汗臭いすえた匂いが鼻腔を直撃する。
私は肩口で鼻を覆うと、マッチを擦って地階を覗き見た。
手前に地下へと続く階段が見える。その先は広い空間になっているようで、ここからは先が見えない。
私は意を決すると、地下へと続く階段に足をかけた。
マッチの頼りない明かりが、私の周囲数十センチを照らし出す。
地下空間は四方をコンクリートの壁に覆われているようだった。
壁伝いに周囲を探ると、床に汚れた毛布とお菓子の包み紙が散らかっているのが見えた。
胸の鼓動が耳に聞こえるほど大きくなる。
期待と恐怖で心臓ごと引き裂かれそうな感覚に陥る。
私は自分に活を入れると、さらに壁伝いに歩を進め、腕を伸ばして眼前を照らし出した。
そして、彼を見つける。
清信君は目を閉じて、冷たい床に横になっていた。
死人のような青白い顔を見て、一瞬絶望しそうになる。
だが、小さな胸郭が上下に動いているのを確認して、思わず絶叫する。
「見つけた!! 生きてる! 呼吸をしてる!!」
考えるより体が先に動いていた。
私は急いで清信君を片手で抱きかかえる。
まるでぬいぐるみのように、彼の小さな体は易々と持ち上がった。
清信君を抱えながら、地上へと続く階段を這いあがる。
途中でマッチが焼き切れて私の指を焦がしたが、そんなことは気にもならなかった。
「右京! 手伝って!」
私の声に呼応して上方から二つの手が伸びると、私はその手に清信君を預けた。
清信君の体が地上へと救い出されるのを確認してから、両手に力をこめて地下室から這い出す。
一気に全身の力が抜けて、足を投げ出した姿勢で廊下の壁にもたれかかった。
激しく打ち続ける鼓動は鳴りやまず、私は喘ぐようにして何度も酸素を吸い込んだ。
「よくやった。清信君は無事、帰って来たよ」
頭上から降りかかる声に違和感を覚える。それは右京の声とは明らかに異なっていた。
ゆっくりと視線を上方に移す。
眼前に飛び込んできた光景に、私は驚愕して言葉を失う。
そこには、少年を胸に抱きかかえる男のシルエットがあった。
長いロングヘア―を風に揺らして、丸眼鏡の奥の瞳が冷徹に私を見据えていた。
「も、望月先生……?」
私は一気に虚脱して、その場に倒れ込む。
それから意識が遠のいた。
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