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「あ、そうそう、自己紹介をし直していなかったな」
突然、実田はそう言うと懐から何かを取り出し、私たちの前に示した。
それは警察手帳だった。
「私は清信君の誘拐事件の担当刑事だ。さて、話を戻そう」
刑事がどうして、私たちに接近したの?
刑事がどうして、誘拐犯と一緒にいるの?
手錠をかけるなら私たちじゃなくて、そこに立っている男でしょう?
次々と浮かぶ疑問は、残念ながら声にならなかった。
代わりに、私は実田の言葉にじっと耳を傾けた。
「その小説を書いたのは、園田歌男という男だ。中学生時代の壮絶ないじめが原因で、統合失調症を発症してね。可哀想に、園田はもう長い間、精神科病棟と実家の自室を行ったり来たりという生活だったわけだ。で、清信君の誘拐事件が発生した。犯人はすぐに分かったよ。清信君が失踪する直前、あの子に付きまとう園田の姿が複数目撃されていた。私たちはすぐに、園田の身柄を確保し清信君の行方を聞き出そうとした。そこで、非常に厄介なことが起きた」
実田は三本目の煙草に火をつけると、十分にもったいぶってから先を続けた。
「園田は自分の妄想の中に逃げ込んでしまったんだ。私たちが情報を得ようとしても、彼は何も覚えていなかった。というか、意思疎通そのものが困難な状況だった。彼はまるで別人になってしまったんだよ。私たちは焦った。捜査がぐずついている間に、清信君はどこかで、どんどん衰弱していくのが分かっていたからね。そこで、私たちは専門家に助言を得ることにした。望月先生に」
「統合失調症の犯人について、数学の専門家に助言を求めたの?」
「まあ、ここから先は望月先生自身に語ってもらおう」
私は望月先生に視線を映した。
先生は何一つ表情を変えず、窓の外を見ながら淡々と語り始めた。
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