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「まず…、俺が刑事さんに依頼したのは、園田の最近のメール内容を送ってもらうことだった。奴は自分宛てに何度もEメールを送信していた。自らをショーペンハウアーと名乗り、架空の神託のメッセージを送り続けていた。あるメッセージには、この市内の特定の場所を指定する位置座標が添付されていた。次に、俺が依頼したのは、園田を拘置所から解放して自由に泳がせることだった。奴は自分の部屋へと再び舞い戻った。俺はすぐに、園田の部屋へ行き、奴と対面した。そこにいたのは、案の定、誘拐犯じゃなかった。誘拐と全く関係の無い別の人格だった。俺は園田の部屋にあった小説を持ち帰って分析した。そして少年が誘拐された理由を確信した」 私は一言も発していない右京が妙に気になった。 彼の顔を窺うと、相変わらず口を真一文字に結んでいたが、妙に表情が青ざめている気がして、心配になった。 「その小説に書いてあるのは、園田の願望だ。奴は病気の発症によって永遠に失われてしまった十代の青春を、小説の主人公に経験させることによって追体験しようとしたんだ。理想の恋人と世界を駆ける夢のような冒険を。そんな園田の前に、ある日、本物の天才少年が現れた。まるで自作の小説に登場するホルスの守護者のような天才が。少年を誘拐したときの園田の人格は特定できない。だが、誘拐の目的は自明だ。奴は。推理を重ねながら少年を救出する小説の主人公を実体験しようとした。そして失われた青春時代を取り戻そうとした。少年の守護者になろうとしたんだ」 望月先生は窓辺を離れると、一脚の椅子を引きづってきて、そこに腰掛けた。 「だから、俺は探偵役の人格が動き出すのを待った。案の定、すぐにそいつは現れた。だが、その人格は基本的に誘拐犯の人格とは分離されている。そいつは、少年がどこに囚われているか基本的には知らないんだ。だが、抑圧されてはいても、本質的に奴の中には、必ず少年の居場所の記憶がある。俺はそいつを刺激し、呼び覚ますことにした。キーワードを与えるんだ。小説の中に出てくるキーワードを与え続ければ、奴は勝手に妄想の中で辻褄合わせをする。そして、少年の居場所を突き止めるはずだ。なぜなら、それが奴の願望だからだ。少年を誘拐した目的だからだ」 「瑞希、耳を貸すな。こいつの話はでたらめだ」 突然、右京が口を開いて、私は飛び上がりそうになった。 「ちょっと、全然反応が無いから、死んだのかと思ったじゃない!」
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