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永遠の守護者
私は白いベッドに腰かけて、白いリノリウムの床を見つめていた。
ここは全てが真っ白の世界。
窓の無い四方の壁も、天井も、シーツも、私を包む病衣も。
白い圧力に息が詰まって、思わず絶叫しそうになる。
隣の右京は退屈そうだ。
どこから持ってきたのか、テニスボールを壁にぶつけて跳ね返しては受け取り、また投げるを繰り返している。
「ねえ、右京。あなたは全て知っていたの?」
「瑞希が清信君を隠したこと? いや知らなかった。俺は本気であの子を探そうとしてた。考えてみろよ。俺は瑞希の人格が創り上げた“空想上の友達”なんだぜ。瑞希が眠ってるとき、俺は存在しない。他の人格がどこで何をしたかまでは分からないよ」
「そう」
それから、私たちはまた、無言の時を過ごした。
私はふとある疑問に思い当たった。
「ねえ、一つだけ解かれていないミステリーが残ってる」
右京がボール遊びを止める。
「清信君よ。あの子の並外れた数学的才能だけは本物だった。いつ、どこであの子はあの特殊な能力を身に付けたのかな」
「後天的に身に付けたんじゃないよ。あの子はそれを抱いたまま生まれてきたんだ」
「いったい何のために? 私には清信君がそのせいで苦しんでるようにも見える。実際にいじめられていたし、現実世界に居場所が見つからず、孤独な空想の世界に逃げ込んでいたようにも見える」
右京は少し考え込んでから口を開いた。
「清信君は特殊な例だが…、どういう訳か、この世界には一定の割合で、ある特殊な子供たちが現れる。発達障害、アスペルガー、自閉症……。確かに彼らを取り巻く現実は厳しいかもしれない。だが俺が思うに、歴史的なブレイクスルーの裏には必ず彼らの存在があったんじゃないかな。うまく言えないけど…、彼らは役割を持って生まれてきたんだ。彼らには、健常発達の子供たちには到底真似できない強みがある。それは……、徹底的だってことだ。一点集中限界突破。人類の芸術や文明を何段階も引き上げるために、彼らは必然的に産み落とされたのかもしれない」
「母なるこの地球の意思によって?」
「さあ、どうだろうね? ただそんな恐れ多い意志が存在しているなら……、そいつはきっと、彼らに期待してると思うぜ」
「……これから、新しい治療が始まったら…、右京はいなくなっちゃうの?」
右京が豪快に笑って、私の不安を吹き飛ばす。
「おいおい、俺が何のために生み出されたのか忘れたのか? 俺の役割は“盾”。瑞希を守る永遠の守護者だ。地獄の底まで離れないよ」
その時、隔離病室のドアが開いて、一人の看護師が顔を出した。
「散歩の時間ですよ。中庭に出ましょうか?」
看護師に促されて私たちは部屋を後にする。
中庭までの長い廊下を歩く途中、天井近くに設置されたテレビが最新のニュースを伝えるのが聞こえた。
『NASAの発表によりますと、地球からおよ30億キロメートル離れた宇宙の彼方に、太陽系に向かって飛来する一群の小惑星を確認したとのことです。計算によりますと、この小惑星が地球に接近するのは……』
私は足を止めると、その場に凍り付いた。
「う、右京、これってまさか……」
END
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