19人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
「すごいね。これ、素数だよね。素数が現れる順番にそって印をつけてるんでしょ? あの向こうの広場の派手なモザイク、あれも君が書いたのかな?」
少年は私の言葉に耳も貸さず、黙々と作業に打ち込んでいる。
「ねえ、君はみたところ、まだ小学校の低学年だよね。どうして素数のことを知ってるの? それに、どうして、こうやって素数に対応するタイルに印をつけているの?」
「パターンを探してるんだ。素数や無理数の配列の中にあるはずの一定のパターン。自分でもよくわからない。でも、それを見つけることがすごく大切な気がするんだ」
「す、す、すごいね。なんだか、人間的にも負けた気分になったわ……」
あまりに大人びた少年の物言いにあっけにとられていると、再び少年が私を見返した。
じっと私を凝視している。正確には私の顔ではない。どうやら、首筋のようだ。
「絵がないんだね」
「えっ、絵? 何のことかな」
少年は質問には答えず、代わりに自分の首元を指し示す。
「首に絵が描かれている人が来たの?」
少年は無言で頷く。
その瞳には、明らかに怯えの色が滲んでいた。
「その人には、どんな絵が描かれてあった?」
「たぶん…、悪魔」
「その人は君の知らない人?」
少年がさらに無言で頷く。
「君はすっごく怖がっているように見えるよ。原因はその人?」
また、無言の頷き。
「その人と何かお話をしたのかな?」
「少しだけ。僕のことを“ほるすのしゅごしゃ”かって聞いてきた。なんだか、すごく嬉しそうに笑ってた。でも…、なんとなく、その顔がすごく怖かったんだ……」
私がさらに追求しようとすると、弾かれたように少年は立ち上がり、無言で走り去ってしまった。
「ちょっと、おーい、少年、待ってよ…」
遠ざかる少年の背中を見つめながら私は溜息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!