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出窓に腰掛け、外を眺めていた。
外の世界は昼下りだというのに陽の光は空しく、氷の結晶が舞い降り続けている。
昨晩は息することも難しそうなくらいの強い風が叩きつけた。ガタガタと揺れる窓に張り付く結晶が身体の温度を奪っていくようだった。
しかし今は時間をかけてゆっくりと、先に降りた結晶にふっと重なっては溶け込み、庭の形に沿って辺りを淡く反射させている。
その真ん中で枝を張り巡らせている柿の木が結晶の群れに埋もれている。ちらりと覗かせる木肌はちらちらとした光を薄っすらとまとっているようだ。
辺りには足跡も、雪をどかした跡もない。
誰にも邪魔されず降り積もった結晶に足を踏み入れば、あまりにも軽い感触に驚かされ、膝くらいまで深く沈んでしまうのだろう。そのずぼっと騙される感覚はむしろ楽しくて、その後に出来る足跡はなんとなく自慢げで、誰かに伝えたくなる衝動にいつも駆られる。
この季節はいつも、外に出たら新鮮な空気が鼻を触り、肺が締め上げられたようになって少し苦しかった。
しかし、思いっきり吐く息はアニメで見た竜の吐息のようで、ついつい何度もやってしまうのだ。
また、柿の木の傍でスコップを使って洞穴を掘ったこともあった。
空から粉が降りてきているようだったのに、柔らかいのは表面だけで、下で層に積もった結晶には中々スコップの先は刺さらず苦労した。結局お父さんとお母さんが殆ど掘っていた。中に入れば何だか気持ちが満たされ、外にいるのに暖かった。形が崩れそうになる頃には皆で洞穴を叩き壊した。爽快だった。
お姉ちゃんと丸い玉を作って転がした。
転がせば転がす程、玉が大きくなるのが面白かった。二つ出来たそれをお祖母ちゃんが積んでくれて、近くであったもので顔や手も作ってあげた。何だかバランスが可笑しくていっぱい笑った。
丸い玉を握って幼馴染の友達との当てあいっこをしたことも。
当てると嬉しくて、当たると玉が弾けて上着に当たった跡が付くのもなんだか面白かった。調子に乗って家の壁に当てまくったら、幼馴染のお祖母ちゃんが見てて、思いっきり叱られた。怖かったけど、遊んでいると楽しくて、同じこと繰り返したこともあった。
そして季節に関係なく、幼馴染と遊ぶ時は必ずかくれんぼをした。見つかりそうで意外と見つからなくて、最後はいつも二人の前で得意げに笑ったんだ。
窓からしんしんと降り積もるその様を何度も繰り返し目で追いながら、ひとつひとつ瞳の奥の方で場面と感情が映されていく。
陽の光がさらに弱まる頃、ふと窓に反射して映る壁時計に目が留まった。
時計はもうすぐ3時になろうとしている。秒針を見ていると無機質に整ったカンカクを刻む音が聞こえてくるようだ。
いつの間にか居間には電気が点き、炬燵にはお祖母ちゃんが一人、しめ飾りの紙垂を折っている。
炬燵から少し離れたところにはストーブがあり、その上に置いてあるやかんからは湯気が出ていた。
テレビに電源は入っておらず、紙垂を折る音だけ響いていそうなその風景は時が止まってしまっているかのようにも見える。
炬燵の上には作業道具の向こう側に、1つの写真立てがお祖母ちゃんと向き合うように置かれている。
ふと普段から円背気味の背中がより一層丸くなる。作業の手は止まっている。
出窓から腰を下ろし、お祖母ちゃんに近づく。
背中に右手が触れそうなところで、お祖母ちゃんは顔を上げ「はーい」と返事するように立ち上がり、笑顔で玄関へと向かった。
その先に幼馴染二人の姿と、その幼馴染のお祖母ちゃんの三人が覗いた戸の隙間から見えた。
あの幼馴染の姿を見ると嬉しくなる。遊ぶ約束した時にはいつも待ち遠しくなって、今か今かとそわそわしたんだ。
今度はいつ見つかるかな。
少年は姿を隠すように家の奥へとふっと消えた…
居間で一人、炬燵でしめ飾りの作業をしている。
今この家には私しか住んでいない。
息子夫婦は孫娘を連れて春になる前に転勤先へと引っ越した。
ちょうど良かったのかもしれないと何度も独りごちた。
この季節になると感情が強くなる。
紙垂を折りながら、炬燵の上にある写真の子を思い浮かべる。
この一年、常に寂しく想った。
去年まで息子家族と暮らす生活がとても楽しかった。
小学生のしっかりものの孫娘、小学校に上がる前の優しい孫息子といる時間は老年期を忙しくさせて、とても充実していた。
しかし一年前の今日、そんな生活が一変した。
思い出すと常に後悔の念が強く押し寄せる。
なぜあの時…といつも毎回同じ言葉を繰り返し繰り返し思う。
もう涙は枯れてしまったが、背中を丸めて強く目を閉じる。
ただそんな時にはいつも、あの子の私を呼ぶ元気な声や、手が触れる感触がいつも蘇ってくる。
自分に都合のいい解釈に思うが、あの最後に見た、あの子の泣き跡の笑顔が、あの子の優しさを思い出させてくれる。
そんな時、人の来訪を告げる呼び鈴が鳴る。
今日はあの子の親しい幼馴染の子たちがあの子に会いに来る日だ。
本当に良い子たちとあの子は出会えた。
突然の出来事に、あの子も戸惑い、怒り、悲しみ、苦しんだだろう。
だけど息子家族が引っ越す日に、あの子を幼馴染の子たちが見つけてくれた。
あの子はかくれんぼで見つかった時のように、いつもの笑顔を見せてくれた。
あの一瞬が降り積もって行き場のない感情を溶かしてくれた。
(…のどかは今も遊んでいるのかもしれない。)
そう感じながら私は玄関へと声をかけ、向かった。
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