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翌日。重くのし掛かる目蓋を開けた僕が真っ先に目に入ったものは、彼女の脱け殻だった
替えの服なんて無い一張羅だったはずなのに、一体どうやって外に出たのか。まさか本当に溶けてしまったんじゃないかと思ったけど、衣装ケースを調べたら服が一式無くなっていた。
当然男物だけど、端麗な容姿を持つ彼女のことだから何を着ても似合うのだろう。今頃どこか遠い所を呑気に散歩しているに違いない。人の気も知らずに。
丁寧にハンガーで干されていた彼女の脱け殻の下には、あの赤いシルクハットがぽつんと置かれていた。雪だるまの忘れ物を手に取り、中を覗いたところで彼女がいる訳もなく…それでも僕は言わずにはいられなかった。
「スリー、ツー、ワン…」
僕はマジシャンにはなれないようだ。そもそも手先だって器用な方じゃないし、人前に出るのだって嫌いだ。それでもこれだけはできるようになりたいって本気で思った。でもゼロを通り越しマイナス1、マイナス2…といくら経っても何も起きやしなかった。
いたたまれなくなった僕は、爆発しそうな感情をぶつけるかのように、乱暴にカーテンを開け放つ。あんなに降り積もっていた雪は、昨日の天気予報の通りすっかり消えて無くなっていた。
それもそうだ。だって今日はこんな大雨なのだ。全部洗い流されてしまったんだ。彼女と共に歩いた足跡も。彼女の冷えきった心も。全部。全部。
雨が降る。降り積もる。
温もりだけを残して。
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