Snowtime

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ーーーーーーーーーー  アパートに着く頃には、僕達はすっかり体の芯まで冷え込んでしまっていた。鍵を開けるために出した手ですら、かじかんで上手く動かせない程だ。僕よりも長い時間あそこに座っていた彼女なんて凍死寸前に違いない…と思っていたら余程寒さに強いのか、時折体を震わすだけで唇も赤いまま。特に具合が悪そうな様子は見られなかった。  やっぱり雪だるまなんじゃ…いや雪女かも…なんて思っていたら、上手く差し込めなかった鍵が手から滑り落ちる。拾おうとした瞬間、彼女の伸ばした手と触れ合い、氷そのものの様な冷たさが全身を突き抜ける。  「あら、ごめんなさい」と控えめに恥ずかしがる彼女の裏には、想像を絶する痩せ我慢が隠れていたことにようやく気がついた瞬間、僕は何を浮かれていたんだと自分を殴りたくなる強い衝動に襲われる。もし家に入って、暖房をつけて、お湯を張って…なんて悠長なことをしていたら、この人はその間に消えてしまうのではないか。  あの奥ゆかしい佇まいも。  心に火を灯す、はにかむ笑顔も  雪のような白い肌も。全部。溶けて消えて… 「お邪魔します。あぁ寒かった…きゃあ!!」  彼女を先に家に入れ、玄関のドアが閉まると同時に僕は彼女の背後から抱きつき、靴も脱がずに右隣にある浴室へと連れ出す。どれだけ雪を被っても決して外そうとしなかったシルクハットが、浴室前の部屋のへりにぶつかり、彼女の頭から落ちていく。短く纏めた黒髪が露になった彼女は、頭の先からブーツの先まで黒ずくめで、まるで葬式みたいな格好だった。 「ちょ、離しなさい!! 離し、きゃ!!」  服も脱がずに羽交い締めにしたまま浴室に入り、僕は彼女をより一層強く抱き締めると、背後にあるシャワーのお湯の蛇口を目一杯開く。  摂氏40度の雨がシャーシャーと僕の肩より上に打ち付けられ、低体温の僕は脳天を槍で串刺しされたかのような刺激に気絶しそうになる。急激な温度変化に苦しむ僕のことなどお構い無しに、シャワーはこれが欲しかったんだろうと熱湯の豪雨を打ち付け、僕と彼女の服を濡らしていく。 「あつっ!! は、離して、ください…服、濡れちゃう」 「嫌です。火傷します…これでいいんです。これで…」  お湯が僕の体を伝って彼女の身体を濡らす度に、彼女は僕の腕の中でびくびくと跳ねる。胸板に来る爪が食い込む痛みが増す度に、もし直接お湯が当たっていたらヒートショックになっていただろうと確信する。仮にならないとしても、こうも冷えきっていては玉の肌が…弁償になってもいいからその魅力的な肌に傷が付くことだけは耐えられなかった。 「強引な人…おまけに変態さんね。こういうプレイがお好きなのかしら?」 「違います。そんなんじゃないんです。そんなんじゃ…」  突然の出来事に抵抗を示していた彼女は次第に落ち着きを取り戻し、僕の胸に体を預けたままシャワーに当たり続ける。ずぶ濡れになった服が重くのし掛かるも、暖かさの前ではその不快感もなんのそのだ。  彼女のコートのボタンに手をかけると、彼女も合わせるかのように無言で僕のコートを脱がし始める。水を含んで鉛のように重くなったコートを皮切りに一枚ずつ脱がしていっては、次々とタイルに落ちていく。身も心もどんどん軽くなっていく僕達を、雨はやかましく(はや)し立てる。  互いに緩慢な手捌きでぴちりと張り付く下着を剥ぎ取ると、雪原に繁るポインセチア畑がそこにはあった。真っ白なシルクの肌に血流が通い始めたのか、赤みを帯びる斑模様が所々に浮かび上がっている。ひしと抱き締めて、その源同士を厚く深い土越しに触れさせる。死んだ様に冷たかった彼女に生命の伊吹が宿っているのを確かに感じた。
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