Snowtime

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ーーーーーーーーーー 「明日は快晴ですって」 「え?」 「ほら、天気予報。明日は小春日和で凍結の心配もいらないそうよ」  急に襲ってごめんなさい。無理矢理してごめんなさい。ナカに出してごめんなさい…口を開くよりも先にやるべきことがあるのに、先に出たのはピロートークにすらならない世間話だった。  何もかも吐き出してすっかり腑抜けになった僕達と違って、こんな夜更けだというのに何気なく点けたテレビに映るお天気姉さんは、明日の快晴に負けない位に眩い笑顔を向けてくる。でもどれだけ笑顔を向けられても、無気力にベッドで寄り添う僕達の面持ちは変わることはなかった。 「あなた、変わった人ね」 「僕が、ですか?」 「ええ。だって私のこと何にも訊かないくせに、あんなことするんだもん。気にならないの? なんであんな所に一人でいたんですか、とか…それどころじゃなかったのかな?」 「むぅ…あなたには言われたくない気がする…あっ。じゃあ一個質問。あの真っ赤なシルクハット。マジシャンか何かやってるんですか? そうじゃなきゃあんなの被りませんよ普通」 「ふふ…秘密」 「なんですかそれ。それじゃ質問しても意味ないじゃないですか」 「ごめんなさい。でもそうね、手先が器用な方ではないことは確かね」 「…そんなに大事な物なんですか? あれ」 「えぇ…大切な物だったわ」  遠い星を見る様な眼差しで話す彼女に、僕は傷ひとつ無い白磁に戻った背中に腕を回し、強目に抱き締める。突然の行為に彼女は嫌がる素振りも見せず、そっと優しく抱き返しては小刻み震える僕の背中をあやす様に擦っていく。 「もう…泣かないの。そんなに酷いことをしたかしら? 私」 「違います…怖いん、です。あんなに積もっていた雪が、明日には溶けて無くなってしまう…目が覚めたらあなたも…消えてしまうんじゃないかって」  年甲斐もなくぐずる僕を彼女は胸の谷間に埋めて、慰めるかのように頭を撫で始める。あの凍る様な冷たさはすっかり無くなり、僕は春そのものの陽気に包まれる。童心に返った僕に待ち受けていたのは、春はあけぼの…と昔つまらない授業で習った古典の再現の様な、この上ない温もりと強烈な眠気だった。 「ごめんなさい…それは無理よ。知っているでしょう? 春は…待ってくれないのよ…」  微睡みの中でかすかにそう聞こえた僕を、春は容赦なく夢の世界へ落としていった。
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