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私はそれに気づかないフリをして甘党の父にカステラを供えた。父は大きな体からは想像がつかないほどのスイーツ好きで、いつも子どもみたいに頬張っていた。
裏表がなく飾らなくて。毎日厳しい訓練をこなしていた父は私の誇りだ。
お父さんは、自分の仕事を全うしたんだよね?
命の危険が伴う仕事だということはわかっていた。あの火事で他の犠牲者を出さなかったのは父のおかげであることも。
でも、残された私たちは……
お線香の香りがフワリと漂う中、私と母は長い時間手を合わせた。
心配しないでゆっくり休んでほしいという前向きな気持ちと、もう一度会いたいと思う後ろ向きな気持ちが混在する。
だけど……いつまでも泣いてばかりはいられない。これからもお母さんとふたりで支え合って生きていかなくちゃいけないんだ。
「あっ……」
視線を感じて後ろを振り向く、と。背の高い男性が数メートル離れた場所で遠慮がちに佇んでいるのが目に入り、私は思わず声を出してしまった。
「来てくれたのね」
隣で母が呟く。私たちは立ち上がり駆け寄ってくる彼を見守った。
「御無沙汰しております」
深々と頭を垂れる彼――安藤さんは、かつて父の部下だった。
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