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「水族館に行こう」
駅前の広場で会うなり、璃月は開口一番にそう言った。唐突すぎて開いた口が塞がらない。
「そんなに驚く?」
いつもより少し明るい笑顔を見せる彼を眺める。まるで何かを吹っ切っろうとしているかのような表情。
「……どこかに行くなんて思ってなかったから」
ようやく絞り出した返答は、なんの捻りもなくつまらないものだった。
「それを言ったら来てくれなかっただろ?」
案外、璃月は私のことをよくわかっているのかもしれない。
「その辺のお店じゃだめなの?」
「最後のワガママだから」
やわらかな春の風が璃月の前髪を優しく揺らす。
「ズルイ言い方……」
胸がチクチクと痛み出し、私は急いで璃月から目を逸らした。
「行こう」
「えっ、ちょっと……」
「今日だけでいいから、暁人さんのことは忘れて」
手を取られたことに困惑していたら、それを戒めるように強く握りしめられた。その手は冷たくて、体温が奪われていくような感覚がした。
「話があったんじゃないの?」
「それはあとでいい」
璃月に手を引かれ、私の足はやけにもつれた。
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