第一部・2 はじまりのロックンロール

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佑賢の言う通り、幸助自身の中にある言葉を歌う事こそが正解なのだろう。 そこにどんな意味があってもいい、友情でも恋愛でも何でも構わないから、ただ幸助の感情や感覚を言葉にすればいい。 佑賢もゴンもそうアドバイスしてくれたが、どれほど内側に目を凝らしても言葉が見つからなかった。 感情はあるが、それがメロディにはなっても言葉にならないのだ。 ラララで歌ってしっくりくるメロディに、「楽しい」という言葉を乗せてしまうとたちまち幸助の手から離れていってしまう。 言葉もメロディも嘘になる、そんな感覚に取り憑かれてしまう。 Pinkertonを、ロックバンドを始めて六年。 まさかこんな壁にぶち当たるとは、と幸助は天を仰いだ。 ずっと揺るぎない自信があった。 はじめてCのコードを鳴らした日からずっと、自分には音楽しかないと思って生きてきた。 何もしなくても脳内に鳴り続けたメロディは、音にするとたちまち魅力的なメロディになり、口ずさめば人が集まり、バンドになって、自分たちにしか出来ない音楽になった。 音楽を愛していたし、音楽に愛されたと思った。 掃いて捨てるほどいるバンドの中で生き残り、二年前インディーズレーベルに所属。 バイトをしなくても良くなったことで、より一層楽曲を作るスピードが上がった。 コンスタントにライブを重ね、ファンも全国に着実に増えてきた。 音楽雑誌には「最もメジャーに近いインディーズバンド」として何度も紹介されている。 着実に前進し、着実に実力をつけ、いよいよここからというタイミングが、今。 そんな「今」に、この停滞はあまりに苦しい。 Pinkertonを作り走らせてきた自分が、Pinkertonを止めてしまう日が来るなんて思ってもみなかった。 佑賢もゴンも歯痒い思いをしているだろう。Pinkertonがこのままメジャーデビューできなければ、望田は戻ってこないかもしれない。 重圧は幸助の喉をじわじわと締め付ける。 声が出なくなりそうで、意味もなく咳払いをした。 このまま歌えなくなったら、と考える。それはそれでいいのかもしれない、と思う自分がいる。 インストバンドとして、歌詞のない音楽を奏でていく。そういう形でデビューしているバンドも居るんだ。それでもいいじゃないか、と妥協を叫ぶ自分を、ライブハウスで見た映像がぶん殴ってくる。
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