第一部・2 はじまりのロックンロール

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自分は音楽を「聴いて欲しい」からやっているのか? 違う。「歌って欲しいから」やっている。 ライブで一緒に歌う観客の楽しそうな笑顔に、何度パワーをもらったかわからない。 意味のない言葉たちでも歌詞があれば「歌ってくれる」のだ。 その姿が見たいから、幸助は作詞を諦めるわけにはいかない。 今こそ踏ん張りどきなのだ。Pinkertonをここで止めるわけにはいかない。 一度閉じた扉を再びこじ開けるには相当のパワーが必要だ。 音楽が間違っていない事はレコード会社からもお墨付きをもらった。 後はただ、自分の言葉を音に乗せて歌うだけ。 たったそれだけで道が拓けるんだ。 居酒屋の看板の脇に突っ立って、幸助はぼんやりと宙をみていた。 気持ちを奮い立たせようとする言葉の数々は、しかし幸助の体を動かすまでにはいかない。 肌寒さで強ばった両足は根を張ったようにそこに立ち尽くした。 店にも戻れず帰ることも叶わず、途方にくれる幸助の頭には、待ってましたとばかりに新しいメロディが浮かぶ。 それにコードを当て嵌めながら、幸助はスマホを取り出し口ずさんだ。 鼻歌で紡いだマイナーコードの短いフレーズ。ここにギターがあればもう少し膨らませたのに、と思ったところで、背後の足音に気付く。 「悪い、邪魔したか」 振り返ると、佑賢が足を止めた。 幸助はスマホを下ろし「もう終わった」と首を振った。 佑賢は案の定何も言わないので、空気を誤魔化すように続けておちゃらけてみる。 「こんな時こんな場所でも作曲は出来んだよなぁ、天才だから」 並び立った佑賢は小さく笑ってから頷いた。 「うん。お前は間違いなく天才だよ。作曲も、作詞も」 調子に乗るなと突っ込んで欲しかったのに、佑賢は真面目な顔で幸助を見た。反射的に顔を背けた幸助の左耳に、痛いほど視線を感じる。 「俺は忘れてないよ。初めてギター抱えたお前と鉢合わせした時、即興で歌ってくれたお前の歌詞は最高だった。拙いけど、飾らない真っ直ぐな言葉でさ」 「……覚えてねぇよそんなん」
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