第一部・3 世界の色が変わった日

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昨年メジャーデビューを決め、現在も立て続けにタイアップソングを出して知名度を上げている新進気鋭のツーピースバンドのボーカルが、幸助の目の前にいた。 「知ってると思うけど、こちらALLTERRA(オルテラ)の八坂櫂(やさか かい)くん」 佑賢の言葉に、八坂櫂はペコリと頭を下げた。 目が合うと何故か逸らされてしまったが、伏せた瞼の広さやまつ毛の濃さにびっくりしてこちらは目が離せない。 アー写や雑誌のグラビアで見た以上に、本物は整っていた。 容姿だけでファンが出来るのも頷ける。 おまけに楽曲も良くて歌も上手いとあっては、お茶の間が放っておくわけがない。 メジャーデビューの噂を聴いた時は「なんであいつらが?」なんて一丁前な嫉妬を口にしていた幸助だったが、本物を前にしたらオーラに圧倒されてしまっている。 未だ地に足ついていない幸助をよそに、佑賢は「で、こっちが噂のピン助ね」とぞんざいな紹介を続けた。 慌ててうわついた気持ちを引き戻すと、佑賢の肩を小突いてから幸助は深く頭を下げた。 「美園幸助です。Pinkerton(ピンカートン)の幸助だからピン助ってよく呼ばれてます。よろしく」 何をかしこまっているんだろう。 相手がメジャーバンドのボーカルだからか? 思った以上にイケメンだったから? 今までどんな先輩相手にもここまで恐縮することはなかったのに、この緊張は一体何なのだろう? 動揺しているという事実にも動揺してしまい、輪をかけて体が硬くなっていく。 自分の状態に混乱しながら、幸助は忙しなくグラスに手を伸ばした。 水を一気に煽ってから、佑賢のグラスだったと気付く。彼は何も言わなかったが、幸助の異常な動揺にはとっくに気づいているだろう。 「幸助くん」 櫂の声に、何故か胃がひっくり返りそうになった。 こんな声で話すのか、なんて妙な驚きがこみ上げて、咄嗟にテーブルの木目をなぞる。 「改めまして、はじめまして」
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