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「聞いてる」と反射で答えながら、散らかっていた意識が集合するのを感じた。今何の話だったっけ、と思うも、聞き流した言葉たちは頭の中に残っていない。
「じゃあ問題ないよな? 来週の月曜で」
「え?」
いつの間にか全ての説明が終わっていたようだ。
背中が冷えるような焦りを感じながら、聞き返して時間を稼ぐ。
何が一週間なのか。
作詞の講師との初対面の場で「来週の月曜で良いか」と聞かれたということは、次回のアポだろうか。きっとそうだ。これから毎週月曜日は作詞講習。
なんせ講師はALLTERRAの八坂櫂だから、週一しか時間が取れないのも頷ける。というか、週一でも多いくらいだろう。
売れっ子に無理やりスケジュール開けさせるなんて、一体どんな額が動いたのかと怖くなってくる。
「あぁ、佑賢がいいならいいんじゃない」
幸助は軽く答えた。自分のスケジュールはお前が把握してるだろ、と暗に言ったつもりだった。
メジャーアーティストほど予定に雁字搦めではない事を卑下する気持ちも少しあった。
それを顔に出さないように澄まして言ったのだが、佑賢は眼鏡の奥の目を細めふうんと小さく唸ってから笑った。
「言ったな? じゃあ来週の月曜までに三曲分、売れる歌詞よろしく」
「はっ?」
幸助の短い悲鳴を横目で一蹴して、佑賢はさっさと立ち上がった。
律儀に二千円を置き、櫂にだけ挨拶をして振り向きもせず店を出ていく。
幸助の制止の声は微塵も届かなかった。
ボックス席に残されたのは、半分以上残っている飲みかけのホットコーヒーと、初対面の二人。
両者の間に漂うのは、オルゴール調のクラシックと、それをかき消すほど大きな呼び出しボタンの音だけ。
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