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幸助を笑い飛ばす男の腕にはゴツめのタトゥー。
その日は珍しく、数年前から世話になっているギタリストの田中が同席していた。メジャーで活躍する有名バンドの大御所で、頭の上がらない先輩の一人だ。
幸助は、田中に噛み付けない代わりに逆隣の派手な男に食ってかかることにした。髪の色は蛍光グリーンでグラサンのフレームは蛍光ピンク、ブルゾンの柄はおもちゃのパッケージよりもカラフルで、先ほど田中から「存在が目に悪い」と言われた男だ。
Pinkertonのギタリスト、通称ゴン。本名は権田原謙蔵(ごんだわら けんぞう)というのだが、本人が嫌がるのでどこに行っても「ゴン」で通している。
「ちょっとゴンちゃん、な~んで田中サンに言っちゃうんだよ」
「だって面白すぎんだもん。珍しく真面目な顔してなんか調べてんなと思ったら、ゆっ、夢占い……!」
「マジ顔で! 夢占い!」
酒が回った男たちは、一度ツボったネタを何度も繰り返す。
今日の餌食は幸助の些細な行動のようだ。田中の大笑いに釣られて隣のテーブルのバンド仲間も首を突っ込んできた。
幸助が止めるのも聞かず、ゴンは嬉々として同じ説明を繰り返し、幸助は身を乗り出して弁解を繰り返す。
「だからぁ! 普段夢を見ない俺が珍しく夢見て、それがなんかフェスの夢で、予知夢かなって気になってさぁ!」
「へぇ、なんのフェス? シャイフェス? RRJ?」
「多分シャイフェス」
「あ~、ピン助の夢だもんな」
「でもだからって夢占いはなくね?」
またひと笑い起きて、幸助はいよいよ顔をしかめた。
ウケを狙ってやったことなら嬉しいが、自分なりに真剣に悩んだ結果やった事をここまで笑われるといくら先輩でも不愉快だ。
どう言い返してやろうかと回らない頭で考えあぐねていると、穏やかな声が場を鎮めてくれた。
「夢ってのは、脳が記憶を整理する過程で再生されるものなんだ」
全員が声の方を見た。
隣のテーブルで煙草片手にトマトジュースを飲む、黒々とした美しいストレートヘアを後ろで一つに括った男。
小綺麗な身なりと端正な顔立ち、そして華奢なフレームの眼鏡が他のバンドマンと一線を画している。
「だから幸助が見たっていう夢は予知夢でも暗示でもなんでもない。お前の夏フェスの記憶が他の記憶と混じって流れただけだよ」
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