第一部・1 はじまりのロックンロール

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平川佑賢(ひらかわ ゆたか)はPinkertonのドラマー、24歳。 幸助と高校時代にPinkertonを組んだオリジナルメンバーの一人だ。 見た目に違わぬ知能指数の高さで有名大学の法学部卒だが、華やかな法曹界には進まずアングラなインディーズロックバンドのドラム兼マネジメント、ディレクションに命を燃やしている。 現在、Pinkertonの活動、運営については全て佑賢が仕切っており、その手腕のおかげで幸助たちはバイトもせず音楽だけで食っていけているのである。 佑賢は同世代のバンドマンたちからも一目置かれる存在だ。 だから今も、佑賢の言葉を笑いに変えようとする者は誰もいなかった。 先輩の田中ですらもまともに言葉を受け止め、「だってよ!」と幸助の肩を乱暴に叩く。 皆「そうなんだ」「知らなかった」と口々に言い、話題は夢と脳のメカニズムについて佑賢に質問する流れへと変わっていく。 幸助は苦笑いで田中をかわすと、横目に佑賢を見やった。 すでに話の中心から退いている佑賢は穏やかに微笑むだけで何も言わず、トマトジュースを傾けている。 兄弟よりも濃い付き合いの中で、佑賢に助けられたことはあれど佑賢を助けたことは片手で数えられる程度しかない。 だからバンドメンバーと言えど幸助も佑賢には頭が上がらない。今もまた、何千個めかの借りを作ってしまった。いつか必ず返すと常々言い続けているが、佑賢の返事はいつも同じだ。 『じゃ、メジャーデビューしてアリーナツアーやれるくらいまで売れる曲作ってくれよ』 これを言われてしまうと、幸助は苦笑いを返すことしか出来ない。 「そういえばピン助、メジャーの話どうなったよ。こないだトーシバの高橋さんと話したんだろ?」 田中の切り出した話題は、その日Pinkertonが最も触れて欲しくないところだった。 幸助は持ち上げたジョッキを置き、助けを求めるように横目でゴンを見る。ゴンも同様に姿勢を正しながら幸助を見て、小さく顎をしゃくった。お前が言え、という事らしい。 「あー、っと。まぁ今回は、一旦なしでってことに」 「はぁー?」 田中は般若のような顔で大声を上げた。隣のテーブルごと空気が萎縮して、その場にいる全員が身を硬くする。 「なんで? 渋谷ZETTのワンマン埋めたのに? 何がダメって?」
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