第一部・1 はじまりのロックンロール

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矢継ぎ早な質問に幸助がたじろいでいると、佑賢が立ち上がった。 空気を呼んだ同期バンドの数名が代わりに隣のテーブルに移動し、幸助の向かいに佑賢が腰を下ろす。 「歌詞です。今のままではとても茶の間に浸透しない、とのことで」 田中は佑賢の回答に顔を顰めた。 すぐに言葉が返ってこないと言うことは、田中の予想の範囲内だったということだろう。深いため息の後にやっと聞こえたのは「まぁ、そうかぁ」と言う小さな呟き。 Pinkertonの作詞は、英語詞を幸助が、日本語詞をベースの望田太郎(もちだ たろう)が担当していた。 望田も佑賢同様、高校時代にPinkertonを作ったオリジナルメンバーの一人だ。 幸助とは小学校からの付き合いで、頼まれたら断れないお人好しな性格をしている。特に幸助の頼みは一つ返事で承諾してしまう節があり、彼がベースを始めたのも作詞を手がけているのも全て、幸助が「もっちーよろしく!」と雑に投げたからである。 そんな望田は現在、Pinkertonの活動に参加していない。 二ヶ月前に父親が倒れ、長男として実家の老舗天ぷら屋を守らなければいけなくなったため、無期限活動休止中だ。 同時期にPinkertonにメジャーデビューの声がかかり始めたため望田からは脱退の申し出もあったが、幸助が半ば強引に引き留めた。 我儘だと佑賢から嗜められようが、幸助は望田と離れたくはなかった。 幸助にとって望田は一緒に音楽を始めた盟友であり、自分の途方もない野望に巻き込んでしまった被害者でもある。 彼より上手いベーシストはいくらでもいるが、幸助の中で鳴り響くベースの音はもう、彼が奏でるそれになってしまっている。 そして何より、幸助は今のPinkertonが好きだった。 このメンバーでフェスのステージに立つ事が、今思い描ける最も鮮やかな夢だ。やっと見えた夢への道筋をこの四人で駆け抜けたい。幸助の強い想いに圧される形で、望田はいつか必ず戻ることを約束してくれた。 現在のPinkertonは、ベースを打ち込みで入れたり、ライブにサポートメンバーを入れる形で望田不在の穴をなんとか埋めている。 メジャーデビューの話も一旦は「ベース活動休止中」で進めるつもりだった。望田が戻ってきた時に安定した収入と立場が約束されていれば、望田の家族も納得するだろう。 幸助はそう考えていたのだが、現実は思っていたより厳しかった。
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