第一部・1 はじまりのロックンロール

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「望田が不在の今、作詞ができるのは幸助しか居ない。ですがご存知の通り、うちの幸助の書く詞は世間が求めている『歌詞』ではありません」 佑賢はそう言葉を切ると、スマホを操作して田中の前に差し出した。 首を伸ばして覗き込んで、幸助はすぐ目を伏せる。 そこに並んでいるのはPinkertonの最新楽曲の歌詞だ。 全英語詞で、日本語は一つも見当たらない。一見すれば格好良くも思える画面だが、その内容は酷いものだった。 「英単語の羅列。似た音で韻を踏んでいるところもありますが、全体的に意味が全くありません。サビも耳障りのいい聞き飽きたフレーズを繰り返しているだけ。疾走感のあるメロがライブではウケてますが、メジャーでこの曲はシングルカット出来ない、ときっぱり言われました」 わざわざ見せずとも田中はPinkertonの楽曲をよく聴いてくれているから知っているはずだが、今は改めて『歌詞』に注目させたいという魂胆なのだろう。田中も難しい顔で画面をスクロールし、すぐに顔を上げた。 「今の流行は『エモーショナルな歌詞』だからなぁ。ひと昔前のメロコア邦ロックブームだったら行けたかもしれないが、確かにこれじゃ茶の間には流せんわ」 「えぇ。望田の詞であればまだ、とも言われましたが、今のところ復帰の目処が立たないので」 何度聞いても胸が苦しくなる言葉たちだった。 幸助は目眩を覚え、味のしないレモンサワーを一口煽る。 数日前、大手レコード会社の人間から同じことを聞かされたが、その時も呼吸が浅くなって視界が狭くなるのを感じていた。 開きかけた夢への扉はその日のうちに再び硬く閉ざされ、幸助はそこに立ち尽くしたまま今日も動き出せずにいる。 佑賢は幸助の方をちらりとも見ずにスマホを仕舞った。 彼の顔には動揺も落胆も浮かんで居ない。元々表情が豊かな方ではないが、この時は特に鉄仮面をつけたような無表情で言葉を続けた。 「それに、望田が戻って来ようが来まいが彼に作詞を頼むことはもうなしにしたいと考えています。うちの楽曲は、幸助の中で鳴っている音楽を外に向けて発信していく、と言うスタイルです。楽曲の世界観をより統一したければ作詞も幸助が担当する方がいい。幸助の中にある言葉がメロディに乗っかって、音と言葉が同時に心に届く、そういう音楽がやりたい」
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