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贈り物
目を開けると…、そこは病院だった。
目を開けて初めて見た人は、外国の看護婦さんらしき人だった。
「…ここは…?」
無意識に日本語で問いかけてしまう。
すると、
「ここは、フィンランドの街の病院です」
と、日本語で返事を返してくれた人がいた。
そっとそちらに目を向けると、見覚えのある顔が見えた。
ツアーガイドの人だ。
「丸一日寝ていましたけど、体は大丈夫ですか?」
と、問いかけられ、私は頷いた。
私は、失恋を癒やす旅行に来ていた。
レストランからバスへ移動するとき、少しだけ一人になりたくなった。
ほんの少しだけ…、吹雪の中消えてしまいたくなった。
そんな私を嘲笑うかのごとく、ふと気が付くと、雪原に一人取り残されていた。
急に吹雪く風が強まり、上手く歩けなかった。
それでも私は、ツアーの人達が行ったと思われる方向へ、立ち止まらずに歩みを進めた。
すると、明かりが見えた。
近づくと、小さな山小屋だった。
ドアに手をかけた。
…開いている。
かじかむ手で、ゆっくりとドアを開けると、暖炉の暖かなぬくもりが、私を迎え入れてくれた。
暖炉の前に来た私は、安心したのか座り込み、そのまま気を失った。
そして、今に至る。
ツアーガイドが帰った後、彼の言葉を思い出していた。
「良かったですね。 あの山小屋は、年に一度しか使わないのに、昨日は誰かが使おうとしていたのか、鍵や暖炉まで…。 もし、あの山小屋にたどり着かなかったら、凍死してましたよ」
と。
ガイドの人が山小屋を管理している人に聞いても、誰が開けたのか分からなかったそうだ。
お礼を言いたくても、言えない…。
退院して帰国する前に、その山小屋へ案内してもらった。
今日は、晴れ間の見える静かな雪景色。
誰かが導いてくれているかのように、優しく降りつもる雪の山道を、山小屋へ向かい歩いた。
たどり着いた山小屋は、吹雪の時より大きく見えた。
山小屋を管理している人が鍵を開けてくれた。
中に入ると、見覚えのある暖炉がそこにあった。
私は目を閉じて、
「どなたか分かりませんが、助けていただき、ありがとうございました」
と、心の中で感謝した。
帰り際、鍵を開けてくれた人が、ふと思い出したかのように呟いた。
「もしかしたら、季節外れのサンタクロースだったかも…」
と。
今日だけお願いした通訳の人を介して、その言葉を聞いた私は、その理由を聞いてみた。
その人は、不思議そうに、
「知らずに来たのかね? ここはサンタクロースの住む森だよ」
と、答えた。
信じられない話だ。
でも、夢がある。
「サンタさん、ありがとう」
と、心の中で思いながら、私は帰国した。
フィンランドで着ていた服を片付けていると、コートのポケットから何かが落ちた。
小さな木の破片だ。
文字が書いてある。
『Onnea』
思わず、携帯で調べてみた。
フィンランド語で、
発音は『オンネア』
意味は『幸運を』だった。
誰が入れたのか分からない。
不気味といえば、不気味かもしれない。
でも私は、その木の破片がとても愛おしく思えた。
きっと私は、これから先、辛いことがあった時に、この木の破片を握りしめるだろう。
そんな風に思った。
窓の外を見る。
東京の空は晴天だ。
私は、世界中の人に言いたくなり、空に向かい呟いた。
「オンネア」
と。
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