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男の背を見下ろしたまま靴下を脱ぐ。
靴下だけでなく、裾も袖も濡れている。
無我夢中で気づかなかったが、ひと段落ついたことで、疲労と寒気が急激に体を支配した。
服をパジャマに着替え、ビシャビシャの足で歩いて濡れた床を拭かなければいけないが、まずは熱い風呂につかりたかった。
男から片時も目を離したくはないが、せめてシャワーだけでも、と踵を返したところで、ふっ、と鼻息がもれる。
片時も目を離したくないなんて、場面が違えばとんだ殺し文句に聞こえるかしら--
手早くシャワーを済ませる。
頭を洗うのはやめておいた。
墓から甦るゾンビのように、あの男の右手が雪を突き破って出てくるさまが何度も頭を過ぎる。
こんなに気掛かりな思いをするくらいなら、酩酊状態で風呂に入って熟睡、そのまま溺死パターンのほうが良かったか。
いやいや、とかぶりを振る。
男の死後、私はこの家に住み続けるのだ。
一度でも死体の浮かんだ風呂でリラックス、なんてできるはずもない。
体は充分には温まっていないが、風呂場から出て急ぎパジャマに着替える。
濡れた服は、バスタオルと一緒に洗濯機に放り込んだ。
床を拭くためのタオルを何枚か持って、男の確認に戻る。
今日一番の恐怖と緊張だった。
今日、と言わず369日、と言わず生きてきた中で、飛び抜けて、考えるまでもなく、紛れもない、ダントツNo. 1だった。
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