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(遅いな、取次が。まあ、国の中枢への面会待機時間ともなればこんなものか)
シェーラは、湯気を収めつつある目の前の紅茶に触れようともせず、淡々と考えた。
昔、一度だけ王城に訪れた。
そのときはアデラの民にふさわしい正装で、未来は洋と輝いていた。叔父上は立派な国主で。
「……」
ふ、と苦い笑みが込み上げる。
時折、自分は、本当は何をしたいのかがわからなくなる。
出来の悪い姪を庇った叔父への義理立てか、アデラにおけるジハークの汚名返上か。もしくは彼の復位か、ディエルマへの復讐か。そのどれもが正しく、同時にどうでも良いことのように思えた。
(少なくとも、父の願いだった『わたしを大国の王妃にすること』は叶わない。――くだらない。分かりきったことだったのに)
らしくない郷愁を覚えた。
視線を落とし、溜め息をついたとき、ふいに扉をノックされた。応えるまでもなく扉がひらき、背の高い男が入室する。
頭からすっぽりと被った聖布。装束からして高位の神官職も兼ねる侍従と知れる。
シェーラは淑やかに立ち上がり会釈をした。
相手は鷹揚に頷く。やがて出入り口を手のひらで示した。
「お待たせしました。話は伺っております。アイリス様のお部屋へは、この者たちが案内をいたします。どうぞ」
「ありがとうございます」
通路にはニ名の侍従。
一人は堂々たる長身。一人は中背。同様の布を被っている。
しずしずと言葉少なく連れて行かれたのは隣の棟の二階だった。続きの間を経て奥が寝室。そよそよと風が入る窓辺に繊細なレースのカーテンが揺れ、微かに花の香りがした。
横たわるのは一片の瑕疵もない、完璧なる美女。
閉じられた長いまつげに白皙の肌。愛らしい唇。
星の女神もかくやと言うべき命の輝き。広がる濃紺の髪は侵さざる結界のように彼女の枕辺を彩り、シェーラは無意識に眉をひそめた。
「いかがなさいました? ご夫人。正真正銘、このかたが王太子妃となられます、アイリス嬢ですが。診てはいただけないのでしょうか」
「……診る? 冗談だろう、わたしは――暗殺者だ。治すなんて専門外。仕留めるのみさ」
「!!! 待てっ! 何を!」
にやりと笑み、懐から抜いた針状の武器を取り出す。
毒を使うまでもない。このままこいつらの前で心臓を一突きしてもいい。当走路は窓から飛び降りて――
(!?)
ガキンッ!
硬質な音、いやな感触。
不可視の壁に遮られた針が弾かれ、護りの魔法かと後ろを睨む。
やはり、胡散臭い魔法使いどもの始末が先か。
ドレスの裾をたくし上げ、太もものベルトに仕込んでおいた短剣を抜いた。すると。
「……何だ。なにが可笑しい、貴様」
シェーラは更に怪訝顔となった。長身の侍従が呆れたように嘆息している。明らかに失笑された気配も感じ取り、らしくもなく頭に血がのぼった。
男は、しゅるりと頭の被り布を取り払った。
『私をお忘れですか? シェーラ殿。いやまあ、随分とお転婆におなりだな、と。びっくりしてしまって』
『なっ……! 嘘だろう!? 貴方は』
場違いなほどの流暢なアデラ語が耳を撫でる。
あざやかに波打つルビー色の髪。深い紫の瞳。
記憶よりもずっと雄々しい。紛うことなく偉丈夫に成長した、あのときの王子――サジェスがいた。
隙は、そこから生じた。
「動くな」
「ッ」
白銀の刀身ほどに冷たく、ひやりと響く中性的な声。
これもまた忘れようがない。あのときの女騎士だ。
喉元に突きつけられる刃を感じ、これまでかと目を瞑った。あがくための手段をさまざまに講ずるが、どれも不首尾と終わる可能性が高い。かくなる上は。
ぎり、と、奥歯に仕込んだ毒を使うべきか。
情けないことに逡巡した。
バタバタと続きの間から足音がした。
最初に控室へやってきた、長身の侍従に付き添われた朱金色の髪の少女が、アデラ語で必死に叫んだからだ。
『だめよ。だめ! 自死は絶対にしないで。メルビン殿はそんなこと望んでない。もしも貴女に会えたらと、伝言を賜っています!!』
『――と、いうことだ。
君がしでかした罪は洗いざらい認めてもらうが、それはそれ。悪いようにはしない。とにかく一旦は拘束させてもらおうか』
『! くっ』
遠巻きに兵たちも続々と集まり、一触即発な空気を払うかのように一言。「連れて行け」との命に、居合わせた誰もが頭を垂れ、従った。
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