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プロローグ
子どものころの最初の記憶は、うららかな陽気に包まれたどこかの庭園。
おそらくはなにか、親族の集まりのような。ゆるい雰囲気の茶会だった。
みごとな花園をそぞろ歩く大人たちに、薔薇の植え込みを迷路に見立てて駆け回る幼子たち。なかでも年端もゆかない少女たちは一塊になり、いっぱしの淑女気取りでおままごとのような小さなテーブル席についていた。
ミュゼルは、ふだんは目にしない、ふわふわとした令嬢がたの巻毛やキラキラとした宝石、おめかしのリボンやレース、遠目に見える奥方たちの衣装を飾る手のこんだ刺繍に夢中でお喋りがおろそかになってしまった。
だから、気づくのが遅れたのだが。
――あなた、生意気なのよ。
――そうよそうよ! 母上が言ってたわ。ほんとうの貴族じゃない、『なりあがり』のくせに。
――……いいえ、でも。うちは、亡くなった祖父が男爵で……。
――口答えしないで。なけなしの爵位を継いだのってあなたのお母上でしょ? 妾腹の。
――お金に困った平民肌の夫人が、羽振りがいい船商人にうまく取り入ったって、もっぱらの噂よ。
――そんなッ!
(ん?)
ぼうっとしている間に、十歳くらいの少女たちはずいぶんと険悪な空気を醸していた。
気の毒に。言われっぱなしの黒髪の令嬢は目に涙をたたえて顔は真っ赤。肩がぶるぶると震えている。
……『あれ』は、言ってはならないことだと瞬時に理解した。だから迷いなく動いた。
ここで、わたしがすべきことは。
「ねえ、ソラシア様。わたくし、あっちのお花を近くで見たいわ。いっしょに行きませんか?」
「!? あ、あの……ミュゼル様?」
「ほら、立って」
ぴょん、と椅子から飛び降りて、ひだをたっぷりと寄せたおしゃまなデイドレスの裾をからげる。エナメルの靴がきらりと光った。
彼女も、意地悪なお姉さんたちもわたしの邪魔はできない。なぜなら――
「お待ちください! なぜ、公爵令嬢のあなたが? こ、こんな下位の者を」
「おだまんなさい、ドロッセル嬢。あなた、本当にわかってないのね」
「え?」
ドロッセルの瞳がみひらかれる。
さっきまで、ふくふくとした手でグラスを包み、おとなしくジュースを飲んでいた子どもとは思えない、と、表情が如実に語っていた。
ミュゼルは、ふんすと鼻を鳴らして胸を張る。ソラシアの手は離さなかった。
「彼女のお父ぎみは立派な商売人だし、とっても『あいさいか』なのよ。下位だの上位だのは、守るべき秩序が保たれてこそでしょ。いたずらに他者を貶めるために使うもんじゃないわ。まったく、上位貴族とも思えない発言ね」
「!」
「それに」
さかんに黒髪の令嬢を口撃していた二人を、じいっと見つめる。
お利口さんに口をつぐんではいたが、顔にはめいっぱい“何なのこの子”と書いてあった(※比喩)ので、にっこりと笑ってやった。
「わがエスト公爵家の始祖は、近海も遠海も股にかける大豪商。それが、たまたまここに根づいて海運国をひらいて。三代後にはゼローナ王室と縁組。恭順の意を示して、やがて大公位を得た王子がやってきて封土とした。――有名な史実よ。てっきり、東都に住まう者なら子どもでも知ってると思ったのに。違ったかしら?」
「!!!」
「では失礼を」
覚えたての淑女の礼をして、軽やかに去るわたしたちの後ろで、意地悪なお姉さんたちがポカンと口を開けているのは想像に難くなかった。
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