1 Red(1)

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 ざわざわとした人の気配で目が覚めた。  大学の敷地内にあるベンチで、どうやら僕はうたた寝していたらしい。  講堂へと続く道は、多くの学生が歩いている。  友達と笑いながらゆっくり歩く人、急ぎ足でどこかへ向かう人。これから冬へと向かう季節柄、その多くがコートやジャケットに身を包んでいる。  なんの変哲もない、いつもの、ありふれた光景。  僕はたまにここで、こんなふうに過ごしている。  講義の合間や、バスの待ち時間なんかに。適当に本を開いたり、目の前の学生たちをぼんやり眺めたりしながら。  いつもの、穏やかで退屈な時間。  でも、ここに来るのは久しぶりだな。  とある理由で、最近は大学にあまり通えていなかったから。  そういえば、いつから復学したんだっけ?  寝起きだからなのか、まだ頭がぼんやりしている。記憶をたぐっているうちに、おかしなことに気がついた。  僕の服装だ。  どういうわけか、僕はパジャマを着ている。  家でいつも着ている、くすんだ青色の無地のやつ。目立たない色とデザインだけど、どこからどう見てもパジャマ以外のなにものでもない。  TPOを考えると、これはかなりマズイのではなかろうか。  僕はウケ狙いで、パジャマで登校するような性格じゃない。自分で言うのもなんだが、真面目で、ルール違反なんかとてもできない小心者だ。  もしこれが別の誰かだったとしても、パジャマがそれほどウケるとは思えない。それどころか、この先ずっと会えば失笑されるくらいの、致命的な失態だろう。  けれど、そんな僕を、目の前を歩く誰ひとりとして見てはいなかった。  視線が合ったように感じても、それはすぐに逸らされる。  まるで、僕なんかここにいないみたいに。  存在感が薄いのは重々承知しているが、ここでこんな格好をしていても誰にも気づかれないほどなのか? それとも、『ちょっと変わったファッションだな』くらいで、これも案外ありなのか?  ところで、どうして僕はパジャマで登校したんだろう。  今朝は、そんなに慌てて家を出てきたか?  だとしても、近所を歩いているあいだや、電車に乗るとき、どこかで気づくはずだ。ただでさえ今の季節、こんな薄着じゃ寒すぎる。  そのはずなのに、僕は少しも寒さを感じていなかった。まるで、初夏の陽気に包まれているみたいに快適なのだ。  そういえば……。  僕は、どうやって大学まで来たんだ?  いつもは、家を出てから駅まで歩いて電車に乗る。なのに今の僕は、鞄も、財布もスマホも持っていない。足下を見れば、靴さえ履いていなかった。  じわりと、違和感が湧いてくる。  いったい、なにがどうなっている?  僕はどうしたっていうんだ?  ここに来るまでのことが、なにひとつ思い出せないなんて。 「あんた、『新入り』みたいね」  頭を抱える僕の横で、そんな声がした。
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